(if話・もし敦くんがマフィアだったら…)





それは、美しい満月の夜だった。


孤児院を追い出された僕…中島敦は、横浜の街外れの人気の無い倉庫にいた。

お金も無く、頼る宛もなく…数週間を彷徨っていた僕は、人気の無い満月の光が大きな窓から中を照らす倉庫で疲れた体を休ませている時だった。
微かに聞こえて来た話し声に僕は、目を覚まし埃が被った積荷の影から話し声の人物を確認した。

其処には如何にも柄が悪そうな男が5、6人立っており、良くない話をしているオーラが醸し出されていた。
僕は、関わりたくないと思い、空腹と疲れた体を無理矢理動かしその場を去ろうとしたのだが足元にあった空き缶に気付かず躓いてしまい、自身の存在を奴等に知らせてしまった。

そこから、僕はあれよあれよと言う間に奴等に囲まれ抵抗する事も出来ず拘束された。
「取引現場を見られたからには生かしておけない」と眉間に黒く光る拳銃を突き付けられた。



その時、僕は不思議と怖くなかった。



僕の人生は、最悪なものだった。



両親にも孤児院にも、そして神様にも見放された僕には居場所なんて無かった。


本当は、死んでしまいたかった。


だけど、自分で死ぬのは嫌だった。


だから、殺してもらえると言う状況に少なからず僕は安堵と喜びを感じていた。



あぁ、やっと終わる。



カチャリと拳銃の安全装置を外す音に僕は、目を閉じた。









「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ{emj_ip_0792}{emj_ip_0792}」




突然、聞こえた叫び声に僕は目を開けた。

すると其処には、拳銃を構えていたはずの男の肘から下が無かった。

肘を抑え叫び声、のたうち回る男を僕は何が起こったのか分からず静かに見つめる事しか出来なかった。



叫び、のたうち回る男に仲間が駆け寄って行った時、倉庫の大きな窓から差し込む満月の光で誰かが倉庫の奥に立っているのが分かった。


その人物は、靴をこつりこつりと鳴らしながら口元に手を当て、黒い外套を揺らしながら現れた。





白と黒の長い髪を揺らし、黒い外套を揺らめかせた光の無い瞳を持った一人の少女だった。


僕は、その姿を一目見た瞬間。



目が離せなくなった。








「誰だてめぇは{emj_ip_0792}」


ガチャリと男達が懐から拳銃を取り出し少女に向けるが少女は、動じる事なく口元を押さえていた手を下ろした。



「私の名前は、芥川ふみ。


ポートマフィアの狗だ。」


そう少女が自己紹介した瞬間、男達の顔色が変わった。




ふ「私の目的は、ただ一つ。




首領の命により貴様らの殲滅だ。」



【異能力・蜘蛛の糸】



そう、呟いた瞬間、彼女の周りが光ったかと思うと黒い外套から半透明の様な糸が男達に巻きつき、気づいた時には僕と彼女以外は死んでおり、辺りは血の海と化していた。


彼女は、ちらりと僕を見ると背を向け、出入り口へと歩きだした。


敦「あの…っ{emj_ip_0792}」


僕か彼女を呼び止めると彼女は、ピタリと足を止めて振り返った。


ふ「何だ…」


敦「僕の事、殺さないんですか…?」


僕は彼女に問い掛けた。

不思議だった。
何故、殺さないのか。
普通なら全てその場に居るものは皆殺しにした方が楽な筈なのに。


ふ「私は、無駄な殺しはせぬ。
今回、首領からの命は“関係者のみの殲滅”と言われている。

貴様が関係無いのは、一部始終見ていたから知っている。」


敦「見てたなら…





僕が死んでから殲滅してくれたら良かったのに…」



僕の呟きに彼女は、ピクリと反応した。
彼女は、眉間に皺を寄せなが怪訝そうな顔をすると僕に「貴様、死にたかったのか?」と尋ねて来た。



敦「僕には、天下の何処にも居場所なんてない…。


両親にも孤児院にも神様にも見放された僕なんて死んだ方がいいんだ。



ううん、死にたいんです。」



僕は、彼女に微笑みながら言った。


出来れば、目の前の美しい黒真珠の様な瞳を持った彼女が僕を殺してくれたらいいな、と言う願いを込めながら。



彼女は、僕の言葉に黙るとスッと右手を差し出した。



ふ「捨てる命。




私が拾おう。




共に来い。」




敦「え…っ?」



僕は、彼女の言葉に目を見開いた。




ふ「私は、ポートマフィアに所属している。
工作員や隊員は、多い方が良い。



捨てる命なのだろう?




なら、ポートマフィアでその命、使うが良い。」







“貴様に居場所をくれてやろう”







“その代わり、生きろ”






そう言いながら照れくさそうに僕に手を差し出す彼女に僕は、初めて言われた“生きてもいい”と言う言葉に涙が溢れそうになった。



ポートマフィアに入るからには人を殺さなくてはいけない事もあるだろう。


様々な困難も待ち受けているだろう。


でも、そんな事等、どうでもよくなるくらいに僕は彼女の差し出された手に迷い無く、自身の手を重ねた。




この人の為に生きたい。




そう思った。







敦「貴女の為に生きます、ふみさん」





満月の美しい夜の事だった。













それから一年の月日が流れた。





「ふみ先輩{emj_ip_0792}」



ふみがポートマフィアの拠点にある執務室で報告書を仕上げている時だった。
開けた窓からカーテンをふわりと揺らす柔らかな風が執務室に入ってきた。
執務室の机に広げられた書類から顔を上げ、突然開いた執務室の扉にふみは、視線を向けると其処には髪を少し乱れさせ怒った表情を浮かべる自身と双子の兄である龍之介の部下である樋口一葉が立っていた。


樋「ふみ先輩、人虎を見かけませんでしたか{emj_ip_0793}」


ふ「……知らぬ。何かあったのか?」


ふみが書類を片手に樋口に問い掛けると樋口は、はぁ…っとため息を吐いた後、口を開いた。


樋「もう…人虎の奴、任務が終わった瞬間に迎えの車を待たずに先に帰ってしまったんです{emj_ip_0792}
しかも{emj_ip_0792}報告書も書かなければいけないのに談話室にも何処にも居ないし…」


ぷんぷんと怒る樋口にふみは、ふっと笑うと手招きをした。
手招きをするふみに樋口は、不思議そうに首を傾げ、コツコツと靴の踵を鳴らしながらふみに近づくとふみに屈む様に言われた樋口は、言葉通りにふみの執務机に手をつき屈んだ。


すると、ふみが樋口に手を伸ばしたかと思うとぽんっと樋口の頭を撫でた。


樋「えっ?え?」


突然のふみの行動に樋口は、訳が分からず疑問符を浮かべているとふみが口を開いた。


ふ「お疲れ様…いつも人虎が迷惑を掛けてすまぬ。」


樋「そ、そんな!ふみ先輩が謝る事では…{emj_ip_0792}」


敬愛するふみから紡がれた労いの言葉に樋口は、嬉しさのあまり自身の顔がカッと熱くなるのが分かった。
そんな樋口を知ってか知らずか、ふみは無表情のまま樋口の頭を数回撫でると手を離した。


樋口は、そんなふみの手を少し名残惜しそうに見つめると立ち上がり、「絶対に人虎を見つけたら報告書を書かさなければっ{emj_ip_0792}」と一人、心の中で決意した。


そんな樋口を見つめているとふみは、ピクリと眉を動かした。



ふ「樋口、人虎の報告書の件については私から伝えておこう。

貴様は、ゆっくり休むが良い」


そう言って再び、机の上の書類に目線を戻したふみに樋口は、「お願いします。」と返事をするとふみに背を向け執務室を出て言った。











ふ「早く、報告書を仕上げよ。









人虎。」



「後でじゃ駄目ですかね?」


ふみしか居ない筈の執務室にもう一人の人物の声が響いた。

ふみが開けた窓と風に揺れるカーテンの方へ視線を向けると其処には、樋口が探していた人物である人虎・中島敦が窓枠に腰を掛けていた。


ふみは、呆れた様に溜息を吐くと「また、走って帰って来たのか」と問い掛けた。


敦「だって、早くふみさんに会いたいのに迎えの車なんか待ってられません。
待ってる時間が惜しいです。」


“それに近くで任務だったので、異能使って走って帰った方が早いですし”


と笑うとふみに近づき、ふみが腰掛ける椅子の肘置きに座るとぎゅっとふみを抱きしめた。




あの日、ふみに拾われた敦は、ポートマフィアに入った。
下級構成員として働いているうちに自身が異能力者である事を知った。
最初は、コントロール出来なかった異能だがふみを始め、ふみの片割れである双子の兄・芥川龍之介と幹部である中原中也と尾崎紅葉達、異能者による訓練のお陰でコントロールする事が出来る様になった敦は、その力を使い自身の存在意義であるふみの直属の部下であり補佐へと上り詰めた。

また、ふみと出会い一目惚れした敦は、ふみへの猛アタックの末、ふみと恋人になる事も出来た。
(兄である、龍之介はシスコン気質だったのか彼氏として敦を認めてはいない)


故に、片時もふみの側から離れたくない敦だが、任務をこなす為にふみから離れる事も多々あった。
だが、いつも敦は、この様に任務が終わると他の人間を放置しふみの元へ一目散に帰ってしまうと言う事をしており、いつも黒蜥蜴のメンバーや樋口が頭を悩ませていた。


ふ「樋口が可哀想だ。きちんと迎えの車も呼んでいるのに無駄になってしまうだろう。」


敦「なら、呼ばなければいいんです。僕は、ふみさんと離れたくないのに任務だから仕方なく離れてるんですから。
用事が済んだら一目散に帰るのは、当たり前ですよ。」


ふみを抱きしめながら幸せそうに敦は、笑うとふみの額に口付けを落とした。


ふ「出会った時の全てを諦めた様な表情は、何処へ行ったのか…
ニコニコとだらしのない顔をしおって。」


敦「あの時は、全てを諦めていました。


ですが、今は違います。
僕には居場所と生きる理由が出来ました。



ふみさん。


僕は貴女の為に生きる。



僕の体も魂も人生も、全てふみさんの物ですから。」


どこか狂気を秘めた様な笑みを浮かべる敦にふみは、キョトンとした表情を見せるとフッと笑った。



ふ「そうだな。



貴様は、私が拾った。




その命は、私の物だ。」



“故に、許可無く私の前から消える事は断じて許されぬ”



ふ「その事を敦…



貴様の全てに刻み込め。」



不敵に笑い敦の背中に腕を回すふみに敦も笑うとふみの艶やかに濡れた唇に自身の唇を重ねたのだった。





(貴様は、私の物だ)
(僕は、貴女の物)



((離れる事は、決して許されない))