(if話・もし敦くんがマフィアだったら…2)





「ふみ」


それは、ふみが拠点の廊下を歩いている時だった。
背後からよく知っている声に自身の名を呼ばれたふみは、ゆっくりと背後を振り返った。
すると其処には、自身と同じ黒い外套を身に纏った双子の兄・芥川龍之介が立っていた。


龍「今から任務か?」


そう尋ねる片割れにふみは、コクリと頷くと龍之介は、きょろきょろと辺りを見渡した。
そんな片割れにふみは、不思議そうに首を傾げると「どうした?」と声を掛けた。
すると龍之介は、ふみと同じく不思議そうな顔をしながら「ふみの背後を金魚の糞の如く付き纏う人虎が見当たらぬが。」と言うとふみは、納得したように「あぁ。」と呟いた。


ふ「人虎は、昨日より任務に出向いており、留守にしている。」


“人虎が気になるのか?”と言うふみに龍之介は、顔を顰めると「人虎は、好かぬ」と口を隠す様に手を当てるとふぃっと顔を逸らした。

人虎と言うのは、あだ名であり本名は中島敦と言う歪な髪型をした18歳の少年であった。
つい一年前に敵組織の人間に殺されそうになっていたところをふみが拾い自身の部下にしたのである。
そんな、敦と龍之介の片割れであるふみとは恋仲であった。
兄心としてふみが拾ってきた得体の知れない人間にタダでさえ警戒心があったのに其の後ふみから「人虎と付き合う事になった」と言われた時は、ショックのあまりふみの上司である中原中也に「首を刎ねた方が宜しいだろうか。」と真顔で相談しに行った程であった。


ふみに対して少し過保護な龍之介は、「ふみさん{emj_ip_0792}ふみさん{emj_ip_0792}大好きふみさん{emj_ip_0792}」とふみにべったりと付いて回る敦の事が気に食わなかった。


ふみは、不貞腐れる片割れにふふっと笑うと笑みを浮かべたまま口を開いた。


ふ「人虎は、私の信頼する部下で恋人だ。
仲良くして貰わねば、困るのだが?」


龍「僕は、人虎とふみが恋仲など認めてはおらぬ。
故にふみは人虎などと別れろ、今ならまだ間に合う。」


真剣な表情でふみに言う龍之介にふみは、笑うと「無理だな」と応えた。



ふ「私は、人虎の物だ。
無論、人虎は私の物でもある。
故に離れる事など無理だ、龍之介こそ諦めよ。」



“さて、私は任務に行くぞ”と言うふみに龍之介は、納得いかない様な表情を浮かべたが聞く耳など持たぬと言うようにそっぽを向くふみに龍之介は、ため息を吐いた。



龍「任務内容は?」



ふ「敵組織が欲しがっているデータが入ったmicroSDで交渉。
交渉決裂の場合は、殲滅せよ…っと仰せつかっている。」


龍「そうか。」



其れだけを聞くと龍之介は、ふみの頭をポンッと叩き「気をつけよ。」と声をかけると黒い外套を翻し去って行った。
ふみも龍之介の去って行く姿を数秒見つめると龍之介と同じく黒い外套を翻し任務へと向かったのだった。






















数時間後、任務を終えたふみは、黒い外套を揺らしながら横浜の繁華街から外れた裏路地を一人歩いていた。
薄暗く人気の無い裏路地を一人黒尽くめの少女が歩く姿は、少し不気味に感じられた。
だが、当の本人であるふみは、特に気にすることなく、靴をコツコツと鳴らしながら歩いていると突然、ピタリと足を止めた。




ふ「…………何か、御用でしょうか。











太宰さん」



「あれ?気付いていたのかい?」



独り言の様に言い出したふみの言葉に応える様に背後から突如、青年の声が裏路地に響いた。
ふみは、ゆっくり背後に立つ青年へと体を向けると其処には砂色の外套を身に纏い、手や首に包帯を巻き、笑みを浮かべた一人の青年が立っていた。

青年の名は、太宰治。
ふみが所属するポートマフィアと敵対関係にある武装探偵社に所属している人間であった。


ふみは、太宰の姿を瞳に映すと眉間に皺を寄せ心底嫌そうな表情を浮かべた。

そう、ふみは、太宰治が苦手だった。
それは、ふみの中にある“出来れば関わりたくない、顔を見たく無いランキング”1位になる程、ふみは太宰が苦手であった。



ふ「街中から誰かが私の背後をついて来ている事には、気がついておりました。
敵であれば攻撃を仕掛けてくるだろうと思い、わざと裏路地に入ったのですが、攻撃を仕掛けて来ないところを考えると敵意が無い者…








それと、ドブの様な異臭がしましたので先程まで入水をする為に川を流れていた太宰さんではないかと判断致しました。」



鼻と口を覆う様に手を当てるふみに太宰は、「え{emj_ip_0793}臭う{emj_ip_0793}私、臭い{emj_ip_0793}」と慌てた様にふみに近づくと「あぁ、もう臭うので近づかないでください。臭い、ドブ臭い」と顔をプイッと逸らし、二、三歩後退りされた。



太「……ふみちゃんは、本当に私が嫌いだよね。」



“私、何かしたかな?”と首を傾げる太宰にふみは、ぴくりと反応すると太宰を睨みつけた。




ふ「“何かしたのかな?”だと…っ?










そう…貴方は、何も分かって居らぬのですね。」


ガラリと先程の雰囲気から一転してふみが太宰に殺気を向けたのが分かった。
そんなふみに太宰は、臆する事無く口を開いた。



太「前から気になっていたのだよ。




何故ふみちゃんは、そんなに私を嫌うのだい?」


太宰の問い掛けにふみの中で何かがぷつりと切れたのが分かった。
ふみは、口を覆っていた手を下ろすとぎゅっと自身の黒い外套を握りしめた。



ふ「貴方は、何も分かっていないのですね。

自身が龍之介にどれ程の存在と言う大きな爪痕を残したのかを。

龍之介は、貴方に認めてもらいたいが為に自身の体や命を投げ打ってまで任務をする事もあった。
しかし、貴方は龍之介を認める事もせず、身勝手に姿を消したっ{emj_ip_0792}


貴方には、分かりますか{emj_ip_0793}
貴方と言う存在を龍之介の中に残し、その残像を追い求め生きる龍之介の気持ちが…っ{emj_ip_0792}



それを見守る私の気持ちが…っ」



ふみは、芥川兄妹の中で一番家族思いの少女であった。
貧民街の中で生きてきた自分の中で唯一血の繋がった大切な家族であり、家族を失う事が何よりも怖く恐ろしい事だと思っていた。
故に片割れである龍之介がいつか太宰を追い求め、破滅してしまうのでは無いかと恐れていた。

だがら、居場所を与えるだけ与え、片割れである龍之介の中に“存在”と言う大きな爪痕を残し片割れの関心を奪ったまま身勝手に消えた太宰がふみには、許せなかった。




それが、太宰に何か事情があったのだろうっと心の隅で分かっていても……。




ふ「私は、赦さない。







身勝手に消えた貴方の事など…
龍之介の関心を奪う貴方の事など。」




必死に太宰を睨みつけるふみに太宰は何処か悲しそうな顔をしながら近づき、自身を睨みつけるふみの顔を見つめた。
自身を睨みつけるふみが何処か泣いている様に感じられた太宰は、ふみの名を呼ぼうとした時であった。


ハッと何かを感じた太宰は、バッとその場から後ろに退がる様に飛び上がるとドンッ{emj_ip_0792}と先程まで太宰が立っていた場所の地面が抉れており、
抉れた衝撃からなのか少し土煙が舞っていた。
その中からゆらりっと歪な髪型の少年の姿が太宰には、見えた。



その見知った少年の姿にふみは、目を丸くさせると「人虎…」と呼んだ。


人虎と呼ばれた少年・敦は、ふみに視線を移しふわりと笑うと直ぐに太宰に向き直り睨みつけた。

太宰は、目の前で自身を睨みつける敦に臆する事なく笑みを浮かべると首を傾げながら問い掛けた。



太「いきなり危ないじゃないか。






君は、一体誰だい?」



敦「貴方こそ、誰なんですか?






この身のこなし…一般人じゃないですよね。」



ふみを守る様に自身の背に隠しながら太宰に問い掛ける敦に太宰は、笑みを浮かべたまま自己紹介をした。



太「私の名前は、太宰治。



武装探偵社の社員さ。


君は?」




“誰だい。”と問い掛けると敦は、太宰を睨みてけたまま口を開いた。




敦「僕の名前は、中島敦。


故あってふみさんに拾われ、今はポートマフィアでふみさんの部下をしている。




ふみさんに手を出す奴……





悲しませる奴は許さないっ{emj_ip_0792}」



そう言うと敦は、異能力・月下獣を発動させ自身の手足を虎化させると素早く太宰と間を詰め殴り掛かった。
太宰も素早く反応し敦の拳を避けると敦と再び間を空けたのだが異能力を俊敏に使い敦が拳を太宰の顔面に叩き込もうとした時であった。




ふ「やめよ、人虎」



聞こえたふみの声に敦は、ピタリと拳を太宰の顔面すれすれの所で止めた。
突然止まった拳に驚き目を見開く太宰に敦は、渋々と言う様に拳を下ろすとくるりと太宰に背を向け、一人、ぽつりと立っているふみの元へと歩いて行った。



敦「何故、止めるんですか{emj_ip_0792}
彼の人は、ふみさんを悲しませたんですよっ{emj_ip_0792}」


ぷんぷんっと怒る敦にふみは、溜息を吐くと敦のおでこにデコピンをした。
「痛っ{emj_ip_0792}」と声を上げ、額をおさえる敦を見て先程の人物と本当に同じ人物なのかっと太宰は、不思議に思った。



ふ「人虎。
今の貴様では、太宰さんには勝てぬ。


彼の方は、元ポートマフィア最年少幹部であるお方だ。



マフィアの闇を凝縮した様な人間だ。
故に今の私達では勝てぬ存在だ。」



“しかも、彼の方の異能は、異能力を無効化にする厄介な能力だ”



と言うとふみは、敦の額をスッと触り「……痛いか?」と心配そうに問い掛けた。

「大丈夫ですよ。」と微笑みながら応える敦の姿に太宰は、口元に手を当て考える素振りを見せると「もしかして」と呟いた。





太「君達、付き合っているのかい?」





「まさかね{emj_ip_0792}…ふみちゃんに限ってそんな事は無いよね{emj_ip_0792}」と笑った太宰だったが、




「人虎は、私の恋人ですが何か。」





「ふみさんは、僕の恋人ですが何か。」




と言う敦とふみ、二人の重なった声に太宰は、数秒固まると二人の言葉を理解出来た瞬間、驚き大きな声を上げた。



太「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ{emj_ip_0793}嘘{emj_ip_0793}本当に{emj_ip_0793}
えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ{emj_ip_0793}」



ふ「五月蝿い。」



敦「迷惑な人だなぁ。」



怪訝な顔をする敦とふみに太宰は、「え、嘘だよね?ふみちゃん?治お兄ちゃんは許さないよぉ{emj_ip_0793}」と言うとふみは嫌そうな顔をして「貴方の様な兄など要らぬ。」と踵を翻すと太宰に背を向け歩きだした。



敦「ふみさん?」



ふ「お腹空いた。帰るぞ、人虎。」



ふみがそう言うと敦は、「はーい。」と返事を返しふみの後を追いかけたがピタリと何かを思い出した様に足を止めたふみに敦は首を傾げるとふみの名を呼んだ。



敦「ふみさん…?」




ふ「……太宰さん、私は貴女を許しません。







今は、まだ…。」



そう言うとふみは、再び振り返らずに歩き出した。



去っていく二人の背中を見つめながら太宰は、一人微笑んだ。






太「……ふみちゃんは、優しいね…。」





“今は、まだ…。”





そう言ったふみを思い出しながら、太宰は砂色の外套を翻すと二人とは反対方向へ歩き出した。

















ふ「……何をそんなに不貞腐れておるのだ。」




不機嫌そうに隣を歩く敦にふみは、不思議そうに首を傾げながら訪ねた。
すると、敦はチラリとふみに視線を向けると直ぐにふぃっと顔を逸らし口を開いた。



敦「何で止めたんですか。
彼の人は、ふみさんを悲しませたんですよ。


あれなら、確実に彼の人を殺れていました。」


ムスッとしながら言う敦にふみは、「直ぐに殺る思考に持って行くとは、貴様も立派なマフィアに思考になったな。」と言うと敦は、「そう言う事じゃ無いんです{emj_ip_0792}」と怒った。



ふ「別に悲しんでなどいなかった。


ただ……。」



敦「“ただ”?」


ふ「彼の人にも何かあった事は、分かっている…」


敦「………でも、僕はふみさんが悲しむのは許せない。」


先程会ったばかりの太宰を思い出し怒りに震える敦にふみは、溜息を吐くと敦から視線を外し真っ直ぐ前を見た。


ふ「私が人虎を止めたのは、




腹が減ったからだ。」


敦「はっ…?」


突然、そんな事を言い出したふみに敦は、驚いた様に声を上げた。


ふ「任務で異能を使ったから腹が減っていた。
早く帰りたかった。
其れなのに太宰さんに捕まり、挙句の果てには人虎も現れた。
しかも太宰さんと人虎が戦い始めたら拠点に帰る時間が遅れる。
帰宅する時間も遅れる…即ち、夕餉にも遅れる。



太宰さんが死ぬのと夕餉、何方が大事かと問われたら、私は即座に夕餉を選ぶ。」




真剣な表情で言うふみに敦は、キョトンと目を丸くさせた。






“あぁ、もう本当にふみさんは…食べることが好きなんだから”




敦「……そう言うところも大好きです。」





突然、言い出した敦に今度は、ふみがキョトンと目を丸くさせると敦は、フッと微笑みふみの片手を掴むと自身の指をスルリと絡ませた。



ふ「……お腹空いた。早く帰るぞ。」



敦「はい{emj_ip_0792}」



ふ「夕餉は、何にしようか…。」



敦「あ、ふみさん。今日、一緒にご飯行きませんか?
美味しいところ見つけたんですよ{emj_ip_0792}」



ふ「行く。」



敦「やった{emj_ip_0792}



後、今日は僕の部屋でお泊まりで良いですよね?」



ふ「………食べ終えるまでに考えといてやる。」



敦「良い返事が聞けるのを楽しみにしてますね。






愛しいふみさん。」


敦は、妖艶に微笑むとふみの耳にチュッと口付けを落とした。



ふ「良い返事を聞ける様に努力せよ。







愛しい敦さん」




二人は、顔を見合わせると微笑んだ。