平安パロ



それは、ある日の昼の事。



私がお仕えする姫と共に中庭で美しく紅く色付いた紅葉を見ていた時であった。




「そう言えばふみさん。貴女に文が届いてますよ」


はらりはらりと舞い散る紅葉を見つめていた私は突如、姫から言われた言葉に目をキョトンとさせると言われた言葉の意味が分からず、首を傾げた。


『文…ですか?』



そう言うと笑みを浮かべる姫の手の中にある文に私は見覚えがあった。


姫にお仕えするのが役割である私は姫と恋仲であるお相手の使いから届けられた複数の愛を綴った文を朝一に受け取ると言う仕事がある。
その姫と恋仲であるお相手の御使いは私もよく知る自身の双子の兄である龍之介であり、お互いに御使えする方が違う為、実家を出て別々の屋敷に住んでおり、朝一に文を受け取る際に2人で一言二言話すのが日々の日課となっていた。


そして今、姫のお美しい手の中にある文は、本日も大量に姫の恋仲の方から送られてきた文の中の1つであった筈だった。

いつもの文と違い、ひとつだけ表面に紅葉が描かれている事に気がついた私は、変わった文だな。と言う印象があった。

まさか、その変わった文が自身宛など思いもしておらず、私は“姫の恋仲の方からの変わった文”としか思っていなかった。


『其れは、本当に私宛でしょうか?身に覚えがないのですが』


私がそう言うと姫は、ふふふっとその美しい唇をにんまりと三日月の様に歪ませると楽しそうに笑った。


「ふみさんに身に覚えが無くても恋文を送ってくれた相手は貴女を知っているから送ってきたんですよ」


そう言いながら更に笑みを浮かべる姫に差し出された文を受け取らないままでいた私に姫は痺れを切らした様に私の手を取ると「恋は素敵ですよ。退屈なこの世界が素敵に思える程に」と姫は恋仲の方を思い出したのか愛おしい瞳をしていたのを見て女である私でさえも少しドキッとしてしまった。

姫は私が文を握ったのを確認すると手を離し、私は姫の手から自身の手に渡って来た文を静かにジッと見つめるだけだった。


「読まないのですか?」


不思議そうに首を傾げる姫に私は首を縦に振った。


『私は貴女様にお仕えする身…色恋沙汰に現を抜かす心など不要です』


手の中にある文を見つめながら私がそう言うと姫は、その整った眉を困った様に八の字にさせた。

そんな姫の顔に少し罪悪感を感じながら私は手に持った文を自身の懐にしまうと風に舞う紅葉に視線を移した。



「貴女と恋話とかしたいのに…」


残念そうに呟く姫の言葉に私は気づかないふりをした。











次の日の事だった。


いつもと同じ時間に姫は、いつもの様に琴の練習をなさっていた。
私は横で姫のお美しい指から奏でる琴の音色を聴きながら、風で舞い散る紅葉を見ていた。

姫が不意に手を止め、私に向かって「ふみさんは本当に紅葉が好きね」と微笑んでくれた。

私は姫の言葉にコクリと頷くと口を開いた。


『秋は好きです。気候も良く、食べ物も美味しい』


「ふふっ…ふみさんは食べる事が好きですからね」


『其れに紅葉の舞い散る季節に初めて貴女様に出会いましたから』


「あらあら」


少し恥ずかしいわ、と笑う姫は何処か嬉しそうで私まで嬉しくなってしまった。


「そんな紅葉が好きなふみさんにまた恋文が届いていますよ」


そう言うと姫は、またしても懐から紅葉が描かれた文を私に差し出して来た。

私が朝、龍之介から姫の恋仲の方からの文を受け取った際には昨日の様に紅葉が絵がかれた文は無かったはずだった。

なのに今、姫の手元にある文に私は首を傾げてしまった。

『朝、龍之介から受け取った際にその手紙はありませんでしたが?』


その文は何処から?と尋ねると姫は笑みを浮かべ「ふみさんを想ってる方から渡していただけないかと手渡されたのです」と言った。


『姫、簡単に殿方とお会いしてはいけません。何かあったらどうするのですか』


私が静かに怒ると姫は「知っている人だし大丈夫よ、彼は貴女が好きだし」と笑っていた。


姫から差し出された文を私は受け取ると封を開く事なく、昨日と同じく懐にしまった。







その後…
たった2日で終わるかと思っていたが紅葉の絵ががれた恋文は来る日も来る日も私の手元に届けられた。



毎日届けられる文に私は溜息を吐いていた。


毎日毎日…飽きずに私の手元に届く文の封を開ける事なく箱にしまっていたのだが、その箱は毎日届けられ溜まりに溜まった文に対して機能しておらず、置き場所に困る程になってしまっていた。



月の光が照らす夜の事。
蟋蟀や鈴虫が奏でる音を聴きながらまたしても昼間に私の手元に届けられた恋文を懐から取り出し、他の封の切られていない文と共に机に並べれる範囲で文を並べた。

大量にある文は、どれも私の好きな紅葉が描かれていた。


その中の1つを手に取り、私はジッと見つめていた。







「文を見つめるばかりで読んではくれないんですね」







突如、聞こえた男の声に私は驚きバッと声がした方に振り向くと1人の歪な髪型をした赤い狩衣姿の少年が立っていた。



『なっ…{emj_ip_0792}貴様、いつから其処に{emj_ip_0792}何者だ{emj_ip_0792}』




私が声を荒げると歪な髪型の少年は、私に近づきにっこりと笑みを浮かべた。


「初めまして。



いえ…僕にとっては初めてではないのですが…


僕の名前は中島敦。


故あって貴女の兄である芥川と共に太宰さんに御使えしております」



“そして、貴女に文を送っていた相手です”


目の前で頬を染めながらそう言った少年に私は目を見開いた。


『貴様がこの大量の文を…?』


そう尋ねると少年は「はい」と頷いた。


「偶々、太宰さんの命でふみさんの御使えする姫様のお屋敷に行った時でした。

帰り際に紅葉を見つめるふみさんに目を奪われました。


多分、その…一目惚れ…です。



寝ても覚めてもふみさんの事しか考えられず、仕事にも手がつかずに芥川に鼻で笑われてしまうほどに僕は貴女の事が忘れられませんでした」


困った様に笑う少年に私は思わず『仕事はしろ、龍之介にも迷惑を掛けるな』と言ってしまったが奴は笑うだけだった。


「合間を見つけては何も無いのにお屋敷を尋ね、影から貴女を見ていました。

そんな事を繰り返していると太宰さんにバレてしまい…。


“影から見るだけじゃなく行動を起こし給え”と助言を受け、貴女に文を送り続けていたのですが…」



チラリと少年の目線は私の手の中にある封の開けられていない文に向いており、
私は少し気まずくなり文を自身の手で隠す様に胸元で抱きしめた。


「何故、読んでくれないのですか?」


少年の問い掛けに私は、どう答えたら良いのかが分からず、視線を右往左往させる事しか出来なかった。

だが、沈黙も苦しくて仕方が無く、私はずっと胸に秘めていた言葉をポツリと口に出した。


『私は…恋文を貰った事がない…


だ、から…どうしたら良いのか分からな…い』




私と龍之介は双子であった。

複数の子供を一度に産むという事は不吉の象徴と言われ嫌われていたのだが優しい両親達のお陰で私は殺されることも捨てられることも無く育てられた。

だが、世間からは矢張り双子であると言う事は不吉であり私達家族は陰口を叩かれているのを知っていた。

良い歳を迎えても双子である故に気味が悪いと罵られ、縁談の話など一度も来なかった。


其れでも良いと思っていた。


私を認めてくださった姫様のお側で一生お仕えする事が出来るなら。


そう思っていたが故に初めて届けられた恋文に私は、どうしたら良いのかが分からなかった。

“恋文”と言われて手渡された文が酷く重く感じ封を開けようとしても手が震えてしまい、封を開ける勇気が出なかった。


もしかしたら、何かの遊戯の罰でと言う事も考えてしまい更に怖く感じた。


揶揄いならば、放っていればその内届かなくなるだろうと思っていたが絶える事なく届けられる手紙に返事を書いた方が良いのだろうかとすら考えたが何を書いたら良いのか、そして矢張り封を開けるのが怖くて放置してしまった。



私は、自分の思いを吐き出した後、チラリと少年に視線を向けると目を見開いた。

月下の光に照らされた少年は、頬を染めながら幸せそうに微笑んでいたからだった。


私は訳が分からず、首を傾げながら問いかけた。


『何故、その様に…微笑むのだ。
私は文すら読んでいないのだぞ…?』





「えぇ、読んでくれてませんね。
でも、そんな風に僕の恋文に頭を悩ませてくれたのが嬉しくて…つい」



ふふっと笑う少年に私は、無意識に眉間に皺が寄るのが分かったのだが、少年は幸せそうに笑い、私に近づくと私の頬に片手で触れた。




「ふみさんが恋文を読むのが怖いのならば、毎日僕は貴女の元に足を運び愛を囁きます」




“貴女の心に響く様に…”





“貴女が不安にならない様に”







“貴女の心が…”






「もっと僕で埋め尽くされるように」





そう言うと少年…




いや、昔に読んだ異国の書物に書かれていた白い虎の様な瞳をした少年は私の唇に自身の唇を重ねた。





数秒後、突然の事に目を見開き驚きで固まる私から離れると不敵な笑みを浮かべた。





「また、明日の夜に…」





そう言うと私の頬をするりと撫でた。





少年は、そう言うと狩衣の袖を翻し去り行く姿に私は、ハッと飛んでいた意識を取り戻すと熱い頬と混乱する思考にしどろもどろになりながらとりあえずポッと現れ、私の心を掻き乱した少年の背中に叫んだ。





『私は…






私は貴様が好かぬ{emj_ip_0792}{emj_ip_0792}』




白虎の様な少年は私の顔を見て微笑むだけだった。