保育園パロ

「はぁ…」

たんていしゃぐみ中島敦(五歳)は、その日一人浮かない顔をしてブランコに座り一人溜息を吐いていた。

周りの園児達は元気良く遊ぶ中、一人だけ悲しそうにブランコをゆっくりと漕ぎ、肩を落とす姿は側から見れば異様な光景に感じられ、それに気がついた保育士である太宰治は一人ブランコに座る敦の視線に合わせるように屈むと「敦くん、どうしたんだい?皆と一緒に遊ばないのかい?」と優しく問い掛けた。

敦は、眉を悲しそうに八の字にしたまま「だざいせんせい…」と太宰の名を呼んだ。

「ふみさん…だいじょうぶですか…?」

敦の小さな口から出た“ふみ”と言う名に太宰は敦と同じく園児である女の子の姿が脳裏に浮かんだ。

その少女の名は芥川ふみ
敦と犬猿の仲である、ぽーとまふぃあぐみの芥川龍之介と同じ組に所属する女の子であり、龍之介の双子の妹であった。


遡る事、数ヶ月前。
諸事情により、この保育園へと転入して来た敦は当初、変人奇人揃いの園児と先生達に戸惑い、どう接すれば良いのか分からず、唯一、自身を気にしていてくれた太宰先生の後をついて回っていた。

そんな敦に対して太宰先生を何故か敬愛していたふみの片割れである龍之介は、当初から敦を嫌っており、敦に事あるごとに因縁を付けては二人で大喧嘩をするほどであった。

そんなある日、いつもの様に因縁を付け敦に喧嘩を売る龍之介に敦も負けじと売り言葉に買い言葉と言う様に喧嘩をする二人の前にふみは現れた。
『りゅうのすけ』と何処か可愛らしい透き通る様な声で双子の兄の名を呼びながらとてとてと歩いてくる龍之介に似た少女に敦は視線を奪われた。

片割れである龍之介が「ふみ」と名を呼ぶと少女は龍之介の前で足を止め、龍之介の黒いスモックをキュッと無言で握った。

「どうかしたのか、ふみ」

いつもと少し違う自身の片割れに龍之介は首を傾げながら問い掛け、敦は、それを静かに見守っているとふみは、拗ねた様にそっぽを向きながら言った。

『じんこ、じゃなくてわたしとあそんで…{emj_ip_0792}』

ふみは、そう言うと黒真珠の様な瞳に涙を溜めながら敦をキッと睨みつけた。

ふみと言う少女は家族が大好きであった。

両親を早くに亡くし親戚に引き取られ、片割れと幼い妹と共に生きてきたふみは、何よりも家族を大切にしていた。
好きな人は誰?と問い掛けると即座に家族と答える程、ふみにとっては大きな存在であり、失いたくないものであった。
特に片割れである龍之介に執着しており、幼いふみにとっては大好きな片割れが人虎人虎と敦を追い回す事に対して嫉妬と片割れを奪われてしまうかも知れない不安でいっぱいであった。

今日だって一緒におままごとをする約束をしていたのに途中で居なくなり、探したら片割れは敦と共に居た。

自分と一緒に居るより楽しそう…そう思ってしまったふみは、心がズキっと痛んだ気がしたのだ。
そして、あまり好きでは無かった人虎が更に好きではなくなってしまったのだ。

泣かない様に必死に堪えながら目の前の憎い相手である敦を睨みつけるふみの姿は、大好きなお兄ちゃんを取られまいと頑張る健気で可愛らしいものであった。

そんなふみの姿に睨みつけられている敦は、頬がカッと熱くなり胸がどきどきと高鳴り、きゅうっと息が出来なくなりそうなほど苦しくなった。
敦は無意識に龍之介のスモックを握るふみの小さく柔らかい手を掴むと自身の両手で優しくギュッと包み込み赤い顔で瞳を潤ませながら目の前のふみに向けて口を開いた。


「ぼくとけっこんしてください{emj_ip_0792}」


龍之介もふみも、そして遠くから三人の様子を見ていた太宰先生でさえも敦のその叫ぶ様に言った言葉に目を丸くさせると数秒間、四人の間は静まり返り誰一人口を開かなかった。

だが、その沈黙を破る様にパシッと渇いた音が聞こえたかと思うと『ふざけるな!』とふみの怒る声が聞こえ、太宰はすぐ様ふみに視線を移すと其処には顔を真っ赤にしてふるふると震えるながら敦を再びキッと睨みつけるふみが居たのだが敦も頬を赤く染めたまま再び「しあわせにしますからけっこんしてください!」と言った。

こうして、出会いは最悪であった筈なのに幼い心とは不思議なものでふみと言う少女は敦の中でいつの間にか“しょうらいのぼくのおよめさん{emj_ip_0792}”と言う程、大きな存在となっていた。

だが、そんなふみは本日、園をおやすみしていた。


それは昨日の事であった。


いつもの様にふみに会いに二階のぽーとまふぃあ組に向かった敦であったがぽーとまふぃあ組に敦の大好きなふみの姿は無く、「おそとであそんでるのかな?それともとしょしつかな?」と思った敦は一階にある図書室へと向かおうと踵をクルリと返し、
たたたたたっと小走りで階段まで行き、階段を降りようとしていた時、背後から敦に声を掛ける人物がいた。

「はしりまわるとは、おちつきのない。まるでちのうのないちくしょうのようだな」

敦は背後から聞こえた声に顔を歪ませながら振り返るそこには敦の大好きなふみの双子の兄であり敦に何かと突っかかってくる龍之介が口元を片手で覆い、こほこほと咳をしながら敦を睨みつけていた。

「あくたがわ」

敦が名前を呼ぶと龍之介は敦を睨みつけたまま「つねひごろからだざいせんがおっしゃっているだろう」と言うと龍之介はピシッと廊下に貼られていたポスターを指差した。

其処には、太宰が描いたのか気味の悪い人の形を辛うじてしているキャラクターの横に“ろうかは、はしらないでね”と園児でも読みやすい様に平仮名で書かれた注意を呼びかけるポスターがあり、それを見た敦は「あっ」と声を上げると「ごめん、わすれてた」と少し困った様に笑いながら謝った。

その謝り方が気に食わなかったのか、それとも常日頃から敦を気に食わなかった為か分からないが龍之介は敦の態度に不機嫌そうに眉を寄せるとグイッと敦の長い横髪を引っ張った。

「いたっ{emj_ip_0792}なにすんだよ、あくたがわ{emj_ip_0792}{emj_ip_0792}」

「きさまは、いつもいつもやつがれをぐろうしおって{emj_ip_0792}」

「はぁっ{emj_ip_0793}してないし{emj_ip_0792}おまえ、ほんとにいいかげんにしろよ{emj_ip_0792}ふみさんのおにいさんだからってゆるさないぞ{emj_ip_0792}」

敦が龍之介の白いスカーフを掴み、龍之介の双子の妹である、ふみの名を口に出すと龍之介は更に眉間の皺を深くさせながら大きな声を張り上げた。

「きさまは、だざいせんせいだけでなく、やつがれからふみまでうばうきか{emj_ip_0792}」

「ふみさんは、おまえのものじゃない{emj_ip_0792}ぼくのだもん{emj_ip_0792}」

「きさまにふみはやらぬ{emj_ip_0792}」

「おまえのきょかなんてしらないし、いらない{emj_ip_0792}」

敦の言葉に龍之介は、ふるふると震えると始めて会った時のふみと同じ様に黒い瞳に悔しそうに涙を溜めながらキッと敦を睨みつけた。


そう、この喧嘩がいけなかった。



「〜〜っうるさい{emj_ip_0792}ぐしゃめ{emj_ip_0792}」



怒りで頭がいっぱいになってしまった龍之介は、ドンっと敦を力強く突き飛ばしてしまったのだ。
その衝撃により、階段を降りようとしていたままだった敦の足はズルリと滑り、ふわりと体が宙に浮いた。


「あっ…」


そう声をあげ目の前の龍之介に視線を向けると龍之介は目を見開き青ざめた表情を浮かべていた。


落ちるっ{emj_ip_0792}{emj_ip_0792}


敦が来るであろう衝撃に目をぎゅっと瞑ると焦った様な声で『じんこっ{emj_ip_0792}{emj_ip_0792}』と敦を呼ぶ声が聞こえたかと思うと手をぎゅっと捕まれ、宙に浮いていた体はグイッと力強く重力に逆らう様に引き戻され敦はドンっとお尻に衝撃を感じた後、ハッと目を開けるとサラリとした長い黒髪が目の前の階段の下に消えて行くのが見えた。


ゴン{emj_ip_0792}{emj_ip_0792}


何かが落ちた音に敦は慌てて階段の下を覗き込むと階段の一番下に黒髪の少女が横たわって居るのが敦と龍之介には見えた。

その少女の姿を見た瞬間、敦の喉はヒュッと音を立て体がカタカタと震えだすのが分かると敦は溢れて来る涙と共に横たわる少女の名を叫んだ。


「ふみさん{emj_ip_0792}{emj_ip_0792}{emj_ip_0792}{emj_ip_0792}」


階段から落ち、横たわっていたのは龍之介の双子の妹で敦の想い人である、ふみであった。

偶々、通り掛かったふみが敦が片割れである龍之介に押され、階段から足を滑らせて落ちそうになっていた所を手を掴み、引き寄せたのだがふみは保育園児でしかも女の子。
力が弱かった為に敦を引き寄せた迄は良いがその勢いを殺す事も踏ん張る事も出来ず、重力に負け、階段の下に落ちてしまったのだった。


敦と龍之介は慌てて階段を駆け下り、横たわるふみを揺するが打ち所が悪かったのか気絶しており、また階段で怪我したのか額の右端からダラダラと傷口から血が流れていた。

「ちが…ふみさんのあたまからちが…{emj_ip_0792}しんじゃうっ…ふみさんしんじゃうっ{emj_ip_0792}」

「ふみ…{emj_ip_0792}…っ…ふみ、めをあけろっ{emj_ip_0792}」

二人が名を呼んでも反応せず、グッタリとするふみに二人の頭の中は不安定いっぱいになりポロポロと瞳から涙が溢れ出して来た。

「ふ、みしゃっ…ふみしゃ、ん…うぇっ…うっくっ」

「ふ、み、…やつがれ、を…ひとり、にするな…ひっくっ…」


わんわんと泣く二人の元にバタバタと誰かがの足音が近づいて来た。


「どうしたんだい?…って…ふみちゃん{emj_ip_0793}」


二人の泣き声に駆けつけて来てくれたのは保育士の太宰先生であった。
太宰先生は最初は泣く二人に「また喧嘩したのかい?」と声を掛けようとしたのだが泣く二人の間にグッタリと横たわり、額から血を流すふみを見て驚き目を見開くと一瞬にして険しい表情を見せ、「何があったんだい」と二人に問い掛けた。


「ふみしゃ…ぼくがっ…うっく…かいだんから、おちるの…たしゅっ…たすけてくれて…」


嗚咽をあげながらも答えようとする敦に太宰は「ふみちゃんは敦くんを助ける為に落ちたんだね?」と問い掛けると敦はコクリと頷いた。

「やつがれ、が…じんこをおしたから…っ」


やつがれのせい…


そう言って再びボロボロと大粒の涙を流す龍之介の頭を撫でると太宰は二人に与謝野先生を呼ぶ様に頼むと血を流すふみの額の傷口を持っていたハンカチで押さえ止血したのだった。

その後、気絶したままのふみは、与謝野先生に抱えられながら兄である龍之介と共に病院に向かい、そこで意識を取り戻したと数時間後連絡が入った。
検査の結果、命も体にも特に別状は無くそのまま双子は家に帰宅したのであった。


それが昨日の出来事であり、敦が落ち込んでいる理由であった。


本日、様子見の為、ふみはお休みしており、双子の兄・龍之介も「ふみのせわをしないといけないから、やつがれもやすむ」と駄々を捏ねたらしく芥川家は妹の銀も含め、皆休ませると芥川家の保護者である親戚から連絡を受けていた。

その事に敦は自分は助けて貰ったのにお世話も出来ず、側にも居れないと落ち込んでいたのだった。

太宰先生に「ふみちゃんは大丈夫だったよ」と何度も言われても姿を見ていないので不安が消えず、何度も何度も「ふみさんは、だいじょうぶですか…?」としつこく聞いてしまうほどに敦は、ふみを心配していた。



そんな敦に太宰は本日何度目か分からない返答をすると、ブランコに座る敦に何かを思いついたかの様に声を掛けた。


「敦くん、今日保護者の方帰るの遅いよね?」

敦は太宰の言葉に首を傾げると小さく「はい」と首を縦に頷いた。




「今日ね、私と一緒にふみちゃん家に連絡帳届けに行かないかい?」



優しくにこりと笑う太宰に敦は、キョトンと目を丸くすると戸惑ったのか「あ、うっ…」と声をあげると太宰から視線を逸らし、ふるふる首を横に振った。

「い、きません…」

「如何してだい?」

太宰が問いかけると敦は悲しそうに「ふみさんにあわすかおがありません…」と呟き、ブランコの鎖を持つ手にぎゅっと力を込めた。

「ふみさんは…ぼくをたすけてくれた…だけど、ぼくがあしをすべらせたからふみさんがけがしちゃったんです。

ふみさんのけが、いたそうでした…

もしかしたら…しんじゃうかもしれなかったっ{emj_ip_0792}

ぼくの…っ…せいで…{emj_ip_0792}」

俯いたまま、ポロポロと涙を流す敦に太宰は小さく溜息を吐くと「敦くん」と敦の名を呼んだ。

だが、敦は顔を上げる事なく更に手に力を込めた。

「良い事を教えてあげよう!」

「へっ?」

突然、明るい声で話し出した太宰に敦は思わず気の抜けた様な声を出したが太宰は気にすること無く優しげな視線を敦に向けるとふふっと笑った後、口を開いた。


「ふみちゃんね、今日、園をお休みするの嫌だって凄く駄々を捏ねたらしいのだよ」

「ふみさんが…だだをこねた?」

「そう。お家の人が休みなさいって言ってるのに『嫌だ、行く。絶対に行く』って凄く泣いて居たんだってさ。

ほら、ふみちゃん家族大好きだろう?芥川くんも銀ちゃんもお休みするからみんなで一緒に居れるから普段のふみちゃんなら嬉しがる筈なのに…やだやだって言ったんだって。


……何でだと思う?」


太宰が優しい笑みを浮かべながら敦に優しく問い掛けると敦は分からないと言う様に首を左右に振った。


「正解はね……


“きょう、ほいくえんにいかないとじんこがきにしてしまう”っだよ」


“今日、保育園に行かないと人虎が気にしてしまう”


それは、助けた事により代わりに怪我をしたふみがいつも冷たくする敦に対しての気遣いと優しさから出たものであった。

昨日、意識を取り戻したふみが一番最初に言った言葉は『じんこは、だいじょうぶか?』と言う言葉だった。

普段は、好き好き大好き{emj_ip_0792}としつこいぐらいに追いかけ回され『きさまは、すかぬ。むこうへいけ』「やです!ふみさんすきです!」『わたしは、すかぬ{emj_ip_0792}』とぷんすこぷんすこと怒っては敦から逃げ回り、迷惑そうな顔をするふみが一番最初に言った言葉は敦を気遣う優しい言葉であった。


そんなふみの話を聞いた敦は自身の瞳から再び涙がポロポロと溢れるのが分かった。
何故、涙が溢れてくるのか理由が分からず、そして胸がぎゅーっと何かに掴まれた様に苦しくなり、自身の名を呼ぶふみの姿が脳裏に浮かんだ。


「どうする?敦くん。

今日、一緒にふみちゃんの所に行くかい?」


太宰が優しく問い掛けると敦はコクリと頷いた。


「ふみさんにあいたいですっ{emj_ip_0792}」


太宰は、敦の返事ににっこりと笑った。




それから数時間後、保育園は園児達の帰りの時間となり皆、送迎バスや親の迎えにより次々と園を後にすると園に残っているのは敦だけになった。
太宰は少し仕事を片付けると図書室で絵本を読んで待っていた敦に声を掛け、共にふみの家へと向かう為、園を後にした。


たわいも無い会話をしながら芥川家の道のりを歩く太宰と敦であったが、敦が商店街のケーキ屋の前で足をピタリと止めた。

突然の敦の行動に太宰は不思議そうに首を傾げながら「どうしたんだい?」と問い掛けると敦は、ケーキ屋を指差しながら「よってもいいですか?」と太宰に問い掛けた。

「良いけど、何を買うんだい?」

「ふみさん、ここのぷりんがすきっていってました{emj_ip_0792}
だから、おみまいにもっていきたいんです」


そう言うと敦は鞄の中からゴソゴソとホワイトタイガーのお財布を取り出すと太宰に「おかねもきちんとあります{emj_ip_0792}ふみさんちょきん{emj_ip_0792}」とドヤ顔で語る敦の口から出た“ふみさんちょきん”と言う物に太宰は少し敦の未来が心配になったが、キラキラとした目で太宰から許可を貰おうと見つめる敦に太宰は困った様に笑うと「良いよ」と答えた。

敦は「ありがとうございます{emj_ip_0792}」と言うとたたたたたっとケーキ屋の扉の前まで走ると敦は中に入り、数分後ニコニコと笑みを浮かべながら店から出てくると二人は再び歩き出したのであった。



ケーキ屋から数分後、太宰が一軒の家の前で足を止めた。


「敦くん、此処がふみちゃんと芥川くんのお家だよ」


太宰が目の前の一軒家を指差しながら敦にそう言うと敦は視線を家の方へと向けた。

「ふみさんのおうち…」

敦がポツリと呟くと太宰は敦に玄関のインターホンのボタンを押す様に頼むと敦は、片手で自身の胸元の服をぎゅっと握りながら恐る恐るインターホンを押した。


ピンポーン


静かにインターホンの音が鳴り響いたかと思うと「はい」とインターホンから男性の声が聞こえてきた。
敦は驚き「え、あっ」っと戸惑っていると横から太宰が助け舟を出す様に「やぁ、私だよ」とインターホンに話し掛けた。

太宰が名乗らなかったのにインターホンの向こう側の男性は太宰の声に納得したように「あぁ、太宰か」と応えると「すぐに開ける」とインターホンの通話を切った。

数秒後、敦と太宰の前にある玄関の扉がガチャっと開き、中から赤い癖毛に無精髭を生やした一人の男性が現れた。


「やぁ、織田作。締切前かい?」


「もう終わったから大丈夫だ」


太宰は家の中から現れた男性と親しげに話している事から敦は、この二人が昔からの知り合いである事が直ぐに分かった。
織田作と呼ばれた男性は、一言二言太宰と話すと太宰の隣に居る敦に視線を向けながら「その隣の子は?」と太宰に問い掛けた。


「あぁ、うちの園の子で探偵社組の中島敦くんだよ」


そう言いながら太宰が敦の頭をぽんと撫でると敦は背筋をピンと伸ばし、慌てた様に目の前の男性に深々と頭を下げた。

「な、なかじまあつしです{emj_ip_0792}よ、よよよろしくおねがいします{emj_ip_0792}」


何を宜しくなのかが分からないが織田作と呼ばれていた男性は気にする事なく「此方こそ、宜しく」と返した後、少し考える様な表情を見せた。
敦は顔を上げ、その男性の表情に首を傾げていると隣に居た太宰が敦の顔を覗き込んで来た為、意識が其方に向いてしまい、男性か
視線を逸らしたのであった。

「敦くん、彼は織田作之助。芥川くんとふみちゃんと銀ちゃんの保護者だよ」

そう言う太宰の言葉に敦は不思議に思い、その事をポツリと呟いた。


「おだ…?あくたがわじゃないんですか…?」


敦のその言葉に太宰は困った様に笑い、敦の質問に返せずに居ると敦と太宰の目の前にいる織田作は敦の視線に合わせる様にしゃがみ込むと敦の頭をぽんぽんと数回撫でた。

「俺とふみ達は親子では無く、親戚なんだ。
両親を早くに亡くした三人を俺が引き取り育て、面倒を見ている。


俺にとっては可愛い可愛い家族だ」


織田作は敦にそう説明すると太宰に視線を向け「何か用事でもあったのか?」と尋ねると太宰は当初の目的を思い出したかのように「あぁ」と声を上げると織田作に「連絡帳を届けに来たのと昨日のお見舞いにね」と言うと敦の名を呼んだ。


名前を呼ばれた敦は、目の前にいる織田作にガバッと勢い良く頭を下げた。


「ごめんなさいっ{emj_ip_0792}{emj_ip_0792}」

「え?」

突然、頭を深々と下げた敦に織田作は驚いた様に目を見開くと目線を太宰に向けたが太宰は困った様に笑うだけであった。
織田作が頭を上げさせようと敦の肩を掴むが敦は下を向いたまま顔を上げる事をしなかった。


「ふみさんが…けがしたの、ぼくのせいです」


泣きそうな小さな声でそう呟いた敦に織田作は何も言わなかった。


「あくたがわとけんかして…かいだんでぼくがあしをすべらせて…っ…そしたら、ふみさんがじんこっ…て、ぼくをよんで、たすけてくれたんです」


“ふみさんにけがさせてごめんなさい”


そう言って再び頭を下げた敦に織田作は、キョトンとした様な表情を見せると「お前がふみのよく言っている“じんこ”か」と納得した様に一人頷いていた。

織田作の言葉に敦は「へ?」と顔を上げ、太宰と顔を見合わせると二人は不思議そうに首を傾げた。

「すまん、ふみが最近“じんこ”って奴の話をよくしていたもんでな」

「?ふみさんが?」

「あぁ…今日もじんこに追いかけられたやじんこが絵本読んでいたら引っ付いてきたなど毎日、名前が出ない日は無いくらいに話していたぞ」


何処か嬉しそうに話す織田作に敦は、ぽかーんと口を開けていると織田作は敦の頭を再びぽんぽんと撫でた。


「ふみはお前を守りたくて飛び出したんだ。

目覚めて直ぐに“じんこは?”って心配し…今日でも“じんこがきにする”と休むのを泣き喚いて嫌がるくらいにふみはお前が大好きなんだ。

だから、謝るな。


謝られると逆にふみが悲しむぞ」


「でも…どうすれば…」


「ありがとうと一言言ってやるだけで良い」


微笑む織田作に敦は小さくこくりと頷くと二人の様子を優しく見守っていた太宰は織田作に「芥川くん達は?」と問い掛けた。
すると織田作は、なでなでと敦の頭を撫でながら「お使いに行っている、ふみは園を無理矢理休ませたものだから昼御飯を食べてから和室で不貞寝している」と答えると敦と太宰に「家に上がって茶でも飲んで行ってくれ」と言うと立ち上がり敦と太宰を家の中へと招き入れた。

織田作はリビングに二人を通すとソファに座る様に言うとキッチンの奥へと消え、太宰は手慣れた様に二人掛けのソファに座ると敦にも自身の隣に座る様に促した。

ソファに座った敦であったが大好きなふみが住む家だからなのか興味津々と言う様に視線をキョロキョロと彼方此方に向けながら落ち着かない様子で居た。

そんな敦に太宰は何かを思いついた様にニヤつくと隣に座っている敦に太宰は黒猫のぬいぐるみを手渡した。

「だざいせんせい?これ、なんですか?」

「んー?それね、ふみちゃんのお気に入りの黒猫のぬいぐるみさんだよー」

「{emj_ip_0793}ふみさんのおきにいりのぬいぐるみ{emj_ip_0792}{emj_ip_0792}」


ふみのお気に入りと聞いた瞬間にじーっと見つめた後、ぎゅーっと頬を染めながら黒猫のぬいぐるみを抱きしめた敦を見て太宰は更にニヤニヤと笑みを浮かべた。

「敦くん変態さんだー、ふみちゃんのお気に入りぬいぐるみ抱っこして喜んでるぅー」

「ちがいます!へんたいじゃないです{emj_ip_0792}でも、このくろねこさんふみさんのにおいがします{emj_ip_0792}いいにおい{emj_ip_0792}」

何処か興奮しながら話す敦に太宰は自分が仕掛けて置いてなんだが敦の将来が一瞬心配になったが敦の本当に幸せそうな顔に太宰は、小さく微笑むとキッチンからお茶と茶菓子を持ってリビングに現れた織田作から茶を受け取るとたわいも無い話をし始めた。


15分ぐらい過ぎた頃、誰ががとてとてと歩いてくる様な音が聞こえ、その音に一番に気がついた敦はジッとリビングの扉へと視線を向けると聞き覚えのある声がリビングに響いた



『む?…おださく?おきゃくさんか…?』


リビングに響いた可愛らしい声に織田作と太宰が扉に視線を向けるとそこには、不貞寝して居たはずのふみが眠たい目を擦りながら立っており、ふみはソファに座る三人に視線を向けると太宰と敦を見て驚いた様に目をまんまるとさせていた。


『じんこ…?だざいせんせい…?』


何でここに?と言う様に不思議そうに首を傾げるふみに太宰が声を掛けようとした時、素早く太宰の前を通り過ぎ、ふみに勢いよく抱きつく小さな人物が居た。

「ふみさぁぁぁぁぁぁん{emj_ip_0792}{emj_ip_0792}よかっ…よかった…っ{emj_ip_0792}{emj_ip_0792}しんでない{emj_ip_0792}」

『むっ…かってにころすな。あと、ひっつくな{emj_ip_0792}{emj_ip_0792}』


ふみに勢いよく抱きついた人物は敦であった。
敦は、ふみの姿を見た瞬間居ても立っても居られず立ち上がりその存在を確かめる様に小さな体をぎゅうぎゅうと力強く抱きしめた。
力強い敦の抱擁にふみは、敦の背中をぺしんぺしんと叩くが自身の背中に手を回す敦の手がふるふると小さく震えている事に気が付き、叩くのをやめた。

『…じんこ。けがは、してないか?』

「ふみさんが…かばってくれたからありません…っ」

『そうか…。いたいところは?』

「ふみさんのおでこのがーぜがいたそうです…」

『……きさまがぶじならべつにいたくない』


ふみがそう言うと敦は更に力強くぎゅっと抱きしめる腕に力を込めた。

敦は怪我させてごめんなさいと謝りたくなった。
だが、此処で誤ってしまうと大好きなふみが困ってしまうと思い、何も言えずにいるとふみが優しく敦の背中に腕を回すと優しくぽんぽんと背中を撫でてくれた。

その仕草に敦は涙が出そうになった。

どうしたら良いのか分からず、数秒、そのままで居ると敦はフッと先程、ふみの保護者である織田作が言っていた言葉を思い出した。


“ありがとうと一言言ってやるだけで良い”



「ふみさん……」

『なんだ…?』

「たすけてくれてありがとうございます。



ふみさんだいすきです」


そう言ってふみから離れ、白くすべすべの柔らかなふみの頬にちゅっと口付けを落とすと優しく敦は微笑んだ。



突然の事に頭が付いて行かず、理解した時には顔を真っ赤にさせてふみは敦を引っ叩いて織田作に怒られるのであった。



終わり