▼ 小さな変化
梅雨入りの時期に入ったけど、なかなか梅雨らしい雨が降らない。
降るとしても夕立やにわか雨程度。田植えの時期だというのに、これでは作物も育たない。
そんな心配をして6月の中旬に入り、ようやく雨が降った。
久しぶりの大雨。帰る時が大変そうだ。
「今日は来週の集団宿泊研修について説明しますね」
そんな朝のショートホームルームが終わって、授業の二限を使って、集団宿泊研修のオリエンテーションが始まった。
1年生の大イベントの一つ、集団宿泊研修。
この学校ではクラスでの人間関係作り、自己表現・他者理解を深めるコミュニケーション能力を高めることを目標としている。
学校からバスで数時間のところにある施設で、2泊3日を過ごす。内容は毎回違うらしくて、ちょっとした観光、山登り、スポーツ大会などがあるらしい。
今回の宿泊先は、山側の森林地帯。そこには運動施設も整っているらしい。たぶん、スポーツでもするのだろう。
「朝食と夕食は施設の方々が作ってくれますが、2日目の昼食は自分達で作ることになっています。メニューはカレーです。これは二つの班の8人で作ることになっていますから、皆さん、協力してくださいね」
お決まりの定番メニュー。作り慣れているから大丈夫そうだ。
それはいいけど……綾崎くん、大丈夫かな?
カレーには人参が入っているし、苦手な人も多い。
……あ。でも、この前作ったポテトサラダの人参は食べてくれたから……あの調理法をすればいけるかも。
今日、帰ったら試しに例の調理法をして、人参を試食してもらおう。そうすれば宿泊研修のカレーも上手く作れるはず!
「では……男の子2人、女の子2人の班を作ってください。班が決まったら、各班で今後の方針を決めてください」
美咲先生の号令で、紅羽の所へ行く。
「紅羽、一緒の班になろう?」
「もちろん、当然だろ」
当たり前、という笑顔で迎え入れてくれて、安心して笑顔になった。
あとは男子。紅羽と班になりたい男子がジャンケンをし合っているけど……。
「若桜、千景」
立花くんが声をかけてくれた。
「同じ班になるだろ?」
「もち。怜も大丈夫だよな」
「うん」
「「「なにィ!?」」」
男子が一斉に鬼の形相で立花くんをギロッと睨んだ。
怖っ!
彼らにドン引きしている内に、綾崎くんが名簿の欄に名前を書き込んで戻ってきた。
「俺達は1班だ」
「了解。じゃあ、今後の方針だね」
パンフレットを広げて、記載されている日程を見る。
1日目は、各施設や資料館を見回って、夜に肝試し。
2日目は、スポーツ施設で自由行動。ただし、二人以上で行動すること。
3日目は、朝食後に帰ってくることになっている。
顎に人差し指を当てて、考え込む。
「まずは持っていく物。ケータイと充電器、最低限の筆記用具、2日目に着る私服。念のために携帯できるシャンプーとか持っていった方がいいかも……」
「部屋にあるシャワールームと大浴場にあると思うんだけど」
「なかった時を想定した方がいいよ。ほかに持っていきたい物はない?」
言葉を挟んだ紅羽がパンフレットのメモ欄に持っていくものを簡潔に書いていく。それを横目で見て、綾崎くんと立花くんに訊ねる。
顎に手を当てて考える立花くんと違い、綾崎くんはもう決まっていた。
「本を持っていきたいんだが……」
「じゃあ、分厚い小説を二冊ほど。それ以上はかさばるから、未読の本にしよう。音楽の機械とゲーム機は忘れたら大変だし、就寝時間を過ぎるまでやったらいけないから、トランプやウノぐらいにして……」
……あれ? ちょっと待って。
「何で私が仕切ってるの?」
「今さらだな」
立花くんに突っ込まれた。
わあ、珍しい……じゃなくて。
「ははっ、いいって。怜が仕切ってよ。リーダーシップに関しては俺達より上じゃん」
「いやいやいや……リーダーなんてガラじゃないし」
「四の五の言わず仕切れ」
酷いっ! 綾崎くんまで、そんなことを言うのね……!
……何キャラだよ。
「はぁ……わかった。じゃあ、所持品の最終確認。ケータイと充電器、筆記用具、私服一式。持ち込み自由は携帯用シャンプー各種、読書用の本二冊、トランプかウノのどれか。ここまでで質問は?」
「ケータイにダウンロードしている音楽を聴きたい。イヤホンは大丈夫か」
「うん、大丈夫。それ以外は?」
綾崎くんの質問に答えて訊ねると、ないのか黙っている。
「ないなら、次は2日目のカレーの役割分担。私は野菜を担当したいんだけど、いいかな?」
「……野菜? 理由は?」
立花くんが理由を聞いてきたので、ちゃんと答える。
「野菜嫌いでも食べれるように工夫したいから。カレーには人参が入っているでしょう? それを蒸して甘みを出せば、人参嫌いの人でも食べれると思って」
「……なるほど。それで翼は、あのポテトサラダの人参を食べれたのか」
以前、私が作ったポテトサラダの中に入れていた人参を思い出す。
私はポテトサラダに、ただ切っただけの人参を入れない。今、話題になっているシリコンスチーマーという蒸し料理のための料理道具で蒸して程良く柔らかくしてから入れている。
でも、今回はシリコンスチーマーがないから、ちょっと手間がかかるけど蒸してからカレーに入れるつもり。
「なら、野菜は任せる。翼は具を炒めて、俺は煮込む。千景は味付けを担当してくれるか?」
「任せて。味付けは得意なんだ」
着々と役割分担が決まって、ほっとする。
意外とまとまってやれることに安心して、一緒にカレーを調理する2班の人達とも確認を取って、本日のオリエンテーションは終わった。
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