05-02

 オリエンテーション後の授業が過ぎて、昼休みに入る。
 雨の日の昼休みは中庭に行けないので、今日は教室で食べて過ごすつもりだった。

「若桜、千景。一緒に食べるぞ」

 弁当箱を取り出した時、立花くんが昼食に誘った。

 え、マジで?

「いいけど……紅羽は?」
「俺もいいよ。今後の話し合いだろ?」
「よくわかってるな」

 ニヒルに口角を上げる立花くんに、紅羽も笑みを浮かべて返す。

 ……最近、この二人の仲がすごくいい。
 意気投合しているというか、団結しているというか……。

 少し疎外感を覚えながら綾崎くんのいる席に行き、近くの椅子に座って弁当箱を広げる。

「……今日もうまそうだな」

 ぽつりと呟く立花くん。

 今回は卵焼き、肉団子、ウィンナー、ナポリタン、マッシュポテト、アスパラベーコン、キュウリとゴボウのツナサラダ、鮭フレークをかけた白いお米。
 肉団子とナポリタンとマッシュポテトは昨日の内に作って、残りは朝に作った。じゃないと朝の時間が大変だし、具に味が染み込まないから。

「怜って本当に上手だよなー」
「紅羽だって、全部手作りでしょう? 味もプロ顔負けだし」

 クスクスと笑って、両手を合わせてから食べる。

 うん、今日もおいしい。
 綾崎くんも味わうように食べてくれているから、見ていて嬉しくなるね。

「……千景、その卵焼き貰っていいか?」
「いいよ」

 料理の基本中の基本である卵焼きをおいしく作れると、ほかの料理もおいしく作れるとお母さんから聞いた。
 立花くんが紅羽のお弁当から卵焼きを取って食べると……。

「……出汁巻きか?」
「そうだよ。どうだ?」
「うまい」

 即答した立花くんに、紅羽はくすぐったそうにはにかんだ。
 綺麗で、それでいてかわいい笑顔。
 直視した立花くんは軽く目を見張って紅羽を見つめた。

「紅羽ってかわいいよね」
「……はっ!? いや、俺はかわいくないよ!? 男勝りだしっ」
「それは男物の服を着ている間だよね。女物の服を着ると、一人称『あたし』になるし」
「それ以上言うな!」

 顔を真っ赤にする紅羽がめちゃくちゃかわいくて、ほのぼのと癒される。
 すると、私達の会話に綾崎くんが反応した。

「どうして男物を着ているんだ」
「……サイズが合わないんだよ。身長が高い人用の服は値段も高いから、滅多に買えない。だから男物の服が多いんだ」

 本当はちゃんとした女の子の服が着たい。でも、家計のことも考えると我が儘を言えない。だから安い男物の服を選ぶしかない。
 紅羽は誰よりも女の子らしいのに……もったいないよ。

「なら、一度俺の家に来い」
「へ?」

 立花くんの発言に、目を丸くする紅羽。

「俺の母はファッションデザイナーだ。服を作ることに関しても一流だから、千景の服も暇さえあれば作ってくれると思うぞ」
「本当か!?」

 立花くんの提案に目を輝かせる紅羽。期待に満ちた笑顔はキラキラしてかわいい。
 紅羽のかわいい笑顔に、立花くんはぎこちなく頷いた。

 あ、これはもしや……見惚れている?

 はっきり言って、紅羽は美人だ。女性物の服を着ると、一気に綺麗でかわいくなる。ちゃんと服を着こなすから、女性物の服を着たら様変わりする。
 最近ではめっきり減った女の子らしい紅羽を、また見ることができる。それを考えると、この出会いに感謝しないとね。

「よかったね、紅羽」
「うん!」

 笑顔で頷く紅羽に、私もつられて笑った。

「……千迅。今後の話とは何だ」

 食べる手を止めた綾崎くんが立花くんに訊ねる。

 そう言えば、そんなことも言っていたっけ……。

「翼と若桜は、今の生活で苦痛を感じたことはあるか?」
「いや、ないな」
「私も」

 最初、綾崎くんと一緒に生活するなんて難しいと思っていた。
 けど、たった二日で慣れて、この三週間で綾崎くんの隣の居心地の良さを知った。
 綾崎くんを自分の部屋に入れて、本を物色させてあげることにも抵抗感を感じない。
 本当はもっと危機感を持った方がいいけど、綾崎くんには気を許してしまう。

 私にとって、それはいいことだと思っている。でも、周りは違うらしい。

「気を許しすぎて間違いを犯したりしないだろうな?」
「それはないけど……間違いって?」

 間違いって何だろう?

 思いつかなくて首を傾げると、紅羽は慌てて遮った。

「えーっと……ほら、あれだ。夜に寝室に入れるとか」
「……夜はない、かな?」
「夜以外にもだ」

 立花くんの言葉で、何となく察した。
 プライベートにまで踏み込んでいないのか、ということかな?

「本やCDを貸してあげる時は入れているけど、それ以外はないよ」

「「アウトだ」」


 ええー……。
 異口同音で注意された。すごく息ぴったりで。
 アウトって……駄目なの?

「綾崎くんの部屋には入ったことないよ?」
「そうだけど違う! 怜、もっと危機感持て!」
「大丈夫だよ。綾崎くんは野蛮な人じゃないし。どっちかと言うと紳士だよ?」

 さり気ない優しさで、いろいろと手伝ってくれるし……うん、紳士だ。

 綾崎くんを見ると、口に手を当てて顔を逸らしている。

 紳士って言われ慣れていない……よね。これまでのことを思い返すと、言われたこともなかったはず。
 ということは、照れたのかな? だとしたらかわいいなー。

 暢気のんきにそんなことを思っていると、二人は同時に溜息を吐いた。

「……なに、その溜息」
「いや……。千景、苦労するな」
「お互いにな」

 ……何が何なんだ?

 意味不明な二人の意思疎通に、私と綾崎くんは揃って首を傾げるのだった。


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