06-02

 ふっと意識が浮上して、重たく感じる腕を持ち上げて目を擦る。

「お、ぴったり」
「ん……着いた、の?」

 少し掠れた声で紅羽に訊けば、紅羽はピシッと固まった。

「……紅羽?」

 小首を傾げて名前を呼ぶ。すると紅羽は顔に手を当てて深い溜息を吐いた。

「ハァー……怜、ここからは無防備にならないで」
「え?」

 無防備? ……あぁ。今、人がいる所で眠っちゃったから……無防備の内に入るか。

 欠伸を噛み殺してから頷けば、紅羽は苦笑して私の頭をうりうりと撫でた。
 そんな会話をしている内にバスが停車して、順番に降りていく。
 各クラスでひと班ごとに集まって、目の前にそびえ立つ施設を見上げて……唖然とした。

「……学校の行事だよね?」
「……ああ」
「……何で、こんな贅沢な宿泊施設?」
「……知るか」

 ぽつりと呟くと、綾崎くんも呆然と言った。

 建物は、ものすごくデカかった。
 ダークブラウンの建物はホテルと変わらないくらい豪華。パンフレットに載っていたけど、その周囲には公式戦ができるテニスコート、大きな室内プール、バスケができるコートなどがある。
 2泊3日じゃ、すべてまで回ることができないくらいの規模。

 ホテルのような外見の建物の中はロココ調で、入ってすぐエントランスホールみたいなロビー。天井には大きなシャンデリア、床は大理石、奥には豪華な造りをした階段があり、その奥にエレベーター。

 ……学生にお金、かけすぎじゃない? 生徒達は大盛り上がりで歓声上げているし……。

「……頭痛くなってきた」
「ハハハ……気持ちはわかるよ」

 ぽんっと肩に手を置く紅羽。

 紅羽だけだよ、私の味方は……!

 クラスごとに整列して、ルームキーを受け取る。
 私と紅羽は同じ部屋で、部屋の番号は『1775号室』。
 一緒に部屋に行くと、また驚いた。
 部屋の内装はエントランスと同じく綺麗でモダンな色合い。広々としたベッドが二つ、簡易冷蔵庫、シャワールーム、大きなふかふかのソファーに、ロココ調のクローゼット。

 これ……二人暮らししても何不自由なく過ごせそう……。

「贅沢すぎるな……」
「うん……」

 普通なら歓声を上げてはしゃぐだろうけど、私達はドン引きだった。
 こんな落ち着けない部屋にいるより、家にいる方がずっと気が楽だ。

「これから何があるんだっけ?」
「近くにある文化財を展示している資料館に行くんだ」

 普通の宿泊研修ってこんな感じなの?
 想像していたことより規模が違いすぎて、ちょっと眩暈めまいがした。

 とりあえず荷物を置いてロビーに戻り、班ごとに並んで町の文化財を見て回った。途中で昼食を摂ってから観光して、ホテルに戻ってきたのは夕方。
 ホテル内の大きなレストランで夕食が開かれ、豪華な和食の数々を堪能した。高校生のイベントにここまでするか?と思うほどの品目に、みんなが喜んだ。

 ただ一人、綾崎くんを除いて。

「どうした? 翼」
「……」

 口に運んでいた箸を止めた綾崎くんに気づいた立花くんが声をかける。
 料理に視線を落とすと、添え物の人参が一つ減っていた。

「……人参、無理だったんだな」
「それだけ怜の手料理と差があるんだろうなー」

 立花くんと紅羽が察して口々に言う。
 こうなったら明日のカレーの人参はおいしく作らなくちゃね。


prev / next




2/4