非日常への足音
「はぁ、ただいまー……」


雪女は家のドアを開け、力なく帰りの挨拶をすると
玄関に、雪女の帰りを待ちわびていた猫たちが出迎えに現れる。


「にゃあっ、にゃー!」

「みゃーん」

「みゃあみゃあ!にゃぁ!」


「お、よしよし……みんなただいま!」




……ああ、猫はいいなあ。

俺を巡ってケンカしねーし、もふもふしてて可愛いし、とにかく可愛い!


俺……どうせ同性にモテるんなら、メス猫にモテたかったなあ……



そんな事を頭の片隅で考えながら、雪女は猫たちを撫でる。


「よしよし……今日も「お帰りなさい」できて偉いな!ウルフ、レジェ。」

「にゃーん!」

「みゃあ!」


雪女が撫でようと手を差し出すと、
猫たちは「待ってました!」と言わんばかりに、頭を手に擦り付けてくる。


「(……本当、俺んちの猫ほど可愛い猫はいないなぁ!!)」



こいつらに「お帰りなさい」された時は、一日の疲れも吹き飛ぶくらいだ!


そんなことを考えながら、雪女は猫たちを一匹一匹撫で、玄関のドアを閉めた。

……すると、その音に気付いたのか、雪女の母親である美幸が声をかける。
洗濯物を片付けていた最中だったのか、右手にハンガーを持ったままで。



「お帰り、雪女。」

「ただいま、母さん。」

「お前、今日はやけに帰りが早いな?さては晩飯が待ちきれずに早く帰ってきたんだろ〜!?」

「あぁもう……母さん、頼むからさ……男口調はもうやめてくれよ。」

「なんだよ、今更……しょうがねぇだろ?俺の昔からのクセなんだからよ……」



そう言うと、美幸は困ったように笑って前髪をかき上げた。

雪女はそれを見て、大きなため息をつく。



「母さんがそんなんだから、俺までこんな風に育っちまうんだよ!ちくしょう!」

「……まぁ、諦めるんだな。三つ子の魂百までって言うだろ?」
「俺に似ず正義に似たお前が悪い。諦めてキャーキャー言われろ。」

「俺はこんなんだけど女なんだよ!女に囲まれたってちっとも嬉しかねえよ!!」


そう言うと、雪女は学生鞄を少し乱雑にソファーに置く。


「あれ……ところで父さんはまだ帰ってこないのか?」

「今週も仕事だってよ。帰るのは……まぁ、早くてあさってぐらいだな。」

「そうか……この時期忙しいもんな。ここんとこ会えてねえから、顔を見たかったんだけど……」

「まぁ、そのうち帰ってくるって……あ、雪女!学ランしわにならないようハンガーにかけとけよ!」

「……はいはい、分かってますって」



そんな会話を交わしつつ雪女は学ランを脱いで、受け取ったハンガーに丁寧にかけた。

すると、雪女はさっきの鏡のことを思い出し、
ウキウキと楽しそうに紅茶を入れていた美幸に、慌てたようにこう聞いた。



「なあ、母さん!」

「ん?急にどうしたんだ、雪女?」

「……い、今の俺の顔……どんな風に見える!?」

「はあ!?なんだよ出し抜けに……!?」



驚く美幸に、雪女はさっきのことを最初から最後まですべて話した。



「……って事なんだよ……」

「っく、はは……あはははははっ!!」


「!?」


「ひっ、ふ、はは……雪女、それ良い冗談だな!!」

「……わ、笑い事じゃねえんだって!」


そう怒る雪女を見て、美幸は笑いながら雪女の頭を撫でた。


「ふうっ!……生憎だが、俺には普通の顔に見えるぜ?彰人そっくりのな。」

「……そうか。」

「お前はたぶん寝ぼけてて、それで夢と現実がごっちゃになったんだよ。」

「それなら、いいんだけど……」



「……というか、授業ばっくれて寝てんじゃねぇよ!」



そう言うと、美幸は素早く雪女の額に、強烈なデコピンを食らわす。
その痛みに雪女は、盛大に後ろにのけぞった。




「……い゛……い゛っでえ゛えぇええッ!!!」




「当然の罰だ、このバカ娘!」

「うぅ……デコが……ひ、ヒリヒリする……」

「罰だから痛ぇのは当たり前だ、そんくらい我慢しろ。」

「うう……わかったよ、母さん……俺が悪かったよ……」

「わかればよし。……あと、気分悪くなったんなら、夕飯食ってさっさと寝ろ。」
「もうすぐで夕飯が出来るから、ベッドで横にでもなっとけ。ちなみに今日の晩飯はシチューだ。」

「んー……」


雪女は、ソファーの上に置いていた学生鞄とハンガーにかけていた制服を左手に持ち、
デコピンでまだ痛む額を右手でさすりながら、だるそうに2階への階段を上っていった。

それを少し心配そうに見た美幸は、大きなため息をひとつ。


「とはいえ、あいつも疲れてるみたいだな……早く飯食わして寝かしてやるか」



美幸はそう呟くと、キッチンへと入っていった。






そして……

部屋に入って、ベットに飛び乗って。
それから数分くらい、雪女はお気に入りの猫型の手鏡とにらめっこをしていた。


……しかし鏡に映るのは、いつも通りのなんら変わりない自分の顔。


数年前に亡くした、自分の“双子の兄”に似た顔。





「全く……本当に、なんであんな顔が鏡に映ったんだ?」




「それに、あの夢……」







……雪女!







「あれは声が少し低くなってたけど……確かに兄ちゃんの声だった……」


「……一体、どういう事なんだ?」







「それに俺……あの手を取っt「雪女!夕飯が出来たぞー!」










「……」


夕飯の呼び声に雪女は考えるのをやめ、ベッドから勢いよく起き上がる。

そして夕飯を食べ終わり、風呂に入ったあと、雪女はいつも通りにベッドに潜り込んだ。





「……おやすみ、“兄ちゃん”。」





これは、雪女の寝る前の日課。


……机の上にある、一枚の写真立て。
その写真立ての中には、幼いころの彰人の写真が入っていた。

その写真立てに寝る前の挨拶をする事が、雪女の日課だった。
……もちろん、朝も同じように。







誰かにこんなことを知られて、俺のことを「兄離れできない妹」と言われてもしょうがないが、
俺は、どうしてもこの日課をやめる気にはなれなかった。


……もしかしたら、“自分に兄が居た事”を、絶対に忘れたくなかったからかもしれない。







「今日は金曜日だし、これで2日は女子の黄色い声も怒号も聞かなくて済む……」
「……もー俺、休みは絶対外出ねえからな。昼まで寝てやるからな。」




そして、雪女は猫の抱き枕にしっかりと抱き付き、
ゆっくりと目を閉じて、静かに眠りについた。










次に目が覚めた時、「とんでもない事」が起きることなど、知りもせず。



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