鏡に映る お前は誰だ?
「雪女くん!!」
目を開けて最初に映ったのは、あたり一面の夕焼け色と、いつもの取り巻きの女の子たち。
「(今のは……夢……?)」
「雪女くん、死んだように眠ってたから心配しちゃったよぉ!」
「ホント、大丈夫ぅ……?疲れてるのぉ……?」
「(……つまり、俺が起きるまで俺の寝顔をガン見してたって事だな?)」
雪女はそう言いたいのを我慢して飲み込み、起き上がろうと勢いよく体を動かした瞬間、
固いベンチの上で長い時間寝ていたせいか、背中と腕にズキッと鈍い痛みが走った。
「……い゛っ!?……体、いってえぇ……!!」
その酷い体の痛みに顔をしかめながら、雪女は体を起こした。
寝起きでまだ寝ぼけ眼の目をこすり、自分の腕時計を見てみるともう18時前。
普通なら、生徒はほとんど部活動の片づけをしている時間だ。
「(うえっ、もうこんな時間か……ガチのサボりになっちまった……)」
腕時計を見つめながら、雪女がそんなことを考えていると……
《下校完了時間15分前です……速やかに部活などを終了し、下校の準備をしましょう……》
いつも通りの下校を促すアナウンスが、夕焼け色に染まった空に響く。
それを聞いた雪女が「早く帰らなきゃ母さんに怒られるな」と考えていると、
取り巻きの女子の一人が、雪女の腕にくっついてきた。
「……ねぇ雪女くん、あたしと一緒に帰らない?」
「ちょっとあんた、何くっついてんのよ!」
そして、また勃発する女子のバトル。
「お、俺……ト、トイレ行ってから帰るから!ま、また明日なっ!!」
雪女はその修羅場に巻き込まれないよう、
くっつかれたその腕を振りほどいて、ささっと逃げるようにその場を後にした。
……そして女子トイレ。
「はぁ……もう嫌だ……そもそも、俺のどこにそんな魅力があるってんだ……」
そうぶつくさと文句を言いながら、雪女は水道の蛇口をひねった。
「……んー、下向くと前髪が視界に入って邪魔だな……そろそろ切りに行かねーと……」
手を洗う最中にちらちら視界に入る前髪が気になり、何気なく目の前の鏡を見ると……
「……!?」
「だ、誰だ……こいつ……!?」
……俺は、“俺”はちゃんと鏡の前に『居るはず』なのに。
鏡の中に映っている“俺”は、『俺なのに俺じゃない』ような、そんな気がした。
ふわふわとした、白銀色の髪の毛。
少し濃いめの青い瞳。
見慣れた、目の下の傷跡とフェイスペイント。
「……こいつは……『俺』……なのか?」
そのまま雪女は鏡に顔をぐっと近づけ、自分の顔をよーく見つめる。
見慣れたいつもの顔なのに、なぜか違うように感じる。
例えるなら……まるで、漫画に出てくるキャラのような……
まぁ、簡単に言ってしまえば、「漫画やアニメ風の顔」に俺はなっていた。
「う、嘘だろ……?」
鏡に手を当てて、もっと近くでしっかり自分の顔を見ようと、俺は鏡に手を伸ばした。
すると……鏡に指先が触れた瞬間にぐにゃり、と鏡面が歪んでしまい、
次に映ったのはいつも見慣れた、普通の顔。
「い、今のは……幻覚、か?」
目をごしごしと数回こすって、もう一度鏡をしっかりと見る。
しかし……何分経っても、もう二度とさっきの“漫画顔の俺”が、鏡に映ることはなかった。
「俺、疲れてるのか……うん、きっとそうだ!俺は疲れてるんだな!今日は、もう家に帰って寝よう!」
……結局俺は、その日は大人しく家に帰ることにした。
これが新しい非日常への切っ掛けだなんて、知る由もなく。