薄くなったリップ

·····花のような甘い匂いが、弔の鼻をかすめた。

嫌ではないが気になる匂いに弔は不思議そうな顔をすると、匂いの元を探してアジトをとことことだるそうに歩く。

·····その甘い匂いの出処は、新しい香水を付けた纒であった。


「(なるほど)」


先程から漂っていた香りはこれかと納得した弔だが、何故纒がそんな事をしているのか理解出来ずに首を傾げるばかりだ。
·····弔はただでさえ面倒臭がり屋で怠惰な性格である為、こういった身だしなみを整える事はあまりしない方なのが原因ではあるが。

対して、纒は幼い頃から禍巫女として身なりなどのあれこれは厳しくしつけられており、やろうと思えば1人で着物の着付けも出来るが·····それはともかく、彼女は普段からきちんとしており自分の見た目にも人一倍気にかけている。·····それはもう、周りにいる男共より遥かに。

だから彼女がこんな風に自分磨きをしている理由なんて思い当たる節が無いのだ。
どこかへ出かけるのか?誰かに会うのか?そう考えた弔は·····本人に直接聞くことにした。


「·····どこか、行くのか?」


纒は、後ろからの突然の声かけに驚いたように肩を上げるものの、その人物が弔と分かるとすぐに平静を取り戻す。


「うん、そうね·····トガちゃんが、今日は一緒にお出かけしたいって言ってたから。そしたら操子さんも後で合流して、ちょっとスイーツ食べに行こうって話になったのよね。」


振り向いた纒はそう言うと、塞がれた目を隠すように前髪を寄せてフードを深く被った。


「ねぇ弔、悪いんだけど口元にガーゼとテープ貼ってくれないかしら?なんだか上手く貼れなくって·····」


そう言うと纒は裂けた左側の口元を指先でとんとん、とつついた。

弔はそれに面倒くさそうにため息を吐くと、纒の手元からガーゼとテープを受け取り、崩壊させないよう慎重に裂け目と縫い目を隠すようにガーゼを口元に貼り付ける。


「·····ん、ばっちり!弔、ありがとう!」


鏡で口元を確認してそう言うと、纒は弔にぎゅっと抱きつく。
·····すると弔は纒の頭をぽんぽん、と優しく叩くとこう言った。


「ヒーローには気をつけろよ」

「うん、分かってるわ」

「遠くへ行くなよ、絶対俺のそばに帰ってこい」

「えぇもちろん、あなたのそばに帰ってくるわ!」


そして2人は見つめ合うとちゅっと軽いバードキスを何回も繰り返し、弔の唇に纒の塗っていた口紅がうっすらと色付いた。
それを見て2人とも満足げに微笑むと、もう一度抱きしめ合いながら互いの額を合わせて愛の言葉を口にする。


「·····じゃあ、トガちゃんが待ってるから。夕方には帰ってくるわ」

「·····わかった」


そして弔の名残惜しいと言うふうに見つめる瞳を見ないようにして纒はそっぽを向いて部屋を出た。


「·····あっ、纒ちゃん!」

「ごめんねトガちゃん、待たせたかしら?」

「ううん、大丈夫!·····あれ、纒ちゃん、今日はリップの色が薄めなんだね」

「ふふ、ちょっと色を取られちゃったの·····でもトガちゃんもなんだかリップが薄めね?気のせいかしら?」

「·····えへへ、多分纒ちゃんと一緒の理由!」



少し恥ずかしいね、と言いながらも楽しげな雰囲気を隠しきれてない様子で出かけていく2人を窓から見ながら、
口元にリップらしき色とラメをつけた弔と想は「お前もかよ·····」とでも言いたそうな顔で見つめあっていた。





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最後の「お前もかよ」のくだりが書きたかっただけです。


20211110

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