我儘くらい聞いてあげるよ
出久がハイツアライアンスに戻ってきて目にしたものは、朝に貸した自分の上着にくるまって共用スペースのソファの上でぐずっている恋人の姿だった。
「·····うんうん、個性だって無限に使えるワケじゃないのにねェ·····アタシにもわかるわァ、その気持ちィ」
その隣でカップケーキを食べながら愚痴を聞いてあげている勇樹は、帰ってきた出久を見ると上着の上からぽんぽんと琉音の背中を叩いて教えてあげた。
「ね、ほら、琉音ちゃん。彼氏の緑谷ちゃん帰ってきたわヨ?お出迎えしなくていいのォ?」
「·····ぐす·····いま、泣いて顔ぐずぐずで酷いから·····いずくんに、見られたくない·····」
そう言ってさらに上着にくるまってしまった琉音を見て、勇樹は「あらま」と眉を下げた。
出久は琉音に近寄ると、上着の上からぽんぽんと優しく撫でる。
「琉音ちゃん、どうしたの?」
「·····今日の救護実習で、めちゃくちゃ怒られるし、失敗するし·····もうやだ·····」
「あー·····」
「私の治癒個性だって無限に使えるわけじゃないのに、「それだけのことしか出来ないなら、何のために雄英に入ったんだよ」って言われるし·····」
「あぁ〜·····」
朝に切羽詰まった表情で「·····今日の救護実習、絶対辛いからいずくんの上着貸して!なんでもいいから!!それ着て頑張るから!!」と頼んできた彼女を思い出し、出久は何とも言えない表情になる。
「·····よしよし、よく頑張ったね。」
「うー·····」
出久に優しい声で褒められると、琉音は被っていた上着の中でモゾモゾ動き出す。
そしてチラッと上着の裾から覗かせた目と鼻は真っ赤になってしまって涙の跡が見えているが、それでも愛おしく思えてしまって、出久は思わずギュッと力いっぱい抱きしめてしまった。
それに少し苦しそうな声をあげたが、そのまま胸元に頬擦りしてくる琉音に出久はつい笑みを浮かべてしまう。
「·····琉音ちゃんは努力家だね、よく頑張ったね·····」
そう言って頭をそっと撫でると、すんすんと鼻を鳴らしながらもスリスリと更にすり寄るように頭を強く押しつけてくる様も可愛くて仕方がない。
すると、その様子を見ていた勇樹は「あらヤダ、見せ付けてくれるわネ〜」と苦笑いしながら琉音の頭を撫でた。
「それじゃ、緑谷ちゃんも来たことだし·····アタシは退散させてもらうワ」
「ぐす·····ありがとう、勇樹くん·····」
「ウフフ、いいのヨ。これ位なんて事ないわァ」
そう言うと、勇樹は出ていく前に琉音の頭をポンッと撫でていった。
そして勇樹が出ていった後、出久は琉音の隣に座って背中をさすさす、と優しく撫でる。
「·····琉音ちゃん、それだけ泣いたら疲れただろうし·····送ってあげるから女子寮帰ってもう寝る?」
出久がそう言うと、琉音はいやいやと軽く首を振ってまだ涙で潤んだ赤い目元で「·····いずくんの部屋、連れてって?それで、一緒に寝て·····?」と小さく呟いた。
·····よっぽど精神的にきていて、恋人である出久に甘えたいのだろう。
滅多にワガママを言わない琉音の貴重なワガママに、出久は不覚にもきゅーんと胸がときめいてしまった。
「仕方ないなぁ」
そう言うと琉音をひょいとお姫様抱っこで抱き上げ、片手にカップケーキの乗った皿を器用に持って共用スペースを出た。
自室に戻る間も、「よく頑張ったね」「偉いよ」「いっぱい甘やかしてあげるね」などと甘い言葉を囁かれて少し機嫌が良くなった彼女を抱えたまま、部屋の中に入っていく。
そして部屋に入ると、琉音は出久のベッドの上にゆっくりと降ろされて、カップケーキを渡される。
「個性いっぱい使ったなら、凄い疲れたでしょ?お菓子食べて元気出してね」
「うん·····」
琉音は出久の言葉に素直にコクリと頭を縦に振って、持っていたカップケーキをはむ、と齧ると、かなり美味しいのか琉音の口元がすぐにへにゃん、と柔らかく弧を描く。
「おいしぃ·····」
ハムスターのように頬を膨らませながらそう言った琉音がなんだかとても可愛らしく見えてしまい、出久は琉音の頭を撫でたり子供をあやす様にぽんぽんと背中を叩いていると、少し落ち着いたのか琉音は出久の方を見る。
「ん·····ありがと、いずくん·····今日はワガママばっかり言ってごめんね·····」
未だに出久の上着を頭から被ったままでにへ、と柔らかく笑う琉音にキュンとし、思わず彼女の唇を奪ってしまう。
琉音は突然キスされた事に驚いたもののそのまま受け入れ、おずおずと出久の首に腕を回してしがみつくように抱き締めた。
「気にしなくていいんだよ。それより·····もっとぎゅっとしてあげる。それともキスする?」
「·····どっちも、して欲しいな·····今日の私、ほんとワガママだよね·····ごめんね·····」
「全然ワガママじゃないよ。琉音ちゃんは今日すっごく頑張ったから·····僕にいっぱい甘えていいんだよ?」
「·····甘えても、いいの?」
「いいよ、今日はいっぱい甘やかしてあげるから」
出久はそう言うと、布団を捲って潜り込んだかと思えば、自分の隣をぽんぽんと叩いて琉音を誘う。
「·····ん、おいで?」
「ッ〜〜〜!!」
その仕草と言葉に琉音の脳内にぶわぁぁぁぁ!!と大量に出てくる様々なものを押し殺して、彼女は出久に誘われるままに布団に·····出久の胸元にダイブした。
すると、出久は琉音の身体を抱き寄せて優しく包み込んで、またよしよしと優しく頭を撫でる。
「琉音ちゃんは頑張ってるよ。ヒーロー科の勉強だけじゃなくて、ヒーラーヒーローになるために医療関連も勉強してるんだもんね·····」
「·····だって、いずくんが最高のヒーローになるって夢を持ってるから·····私も、最高のヒーラーヒーローになってずっといずくんの隣にいたいんだもん·····」
「僕のために?」
「うん·····いずくんとずっと一緒にいるためなら、私はなんだってするし、なんでも頑張るよ!」
そう言うと出久の腕の中でモゾモゾ動いて体勢を変え、彼の胸元に顔を埋める。
「·····だから、いつか絶対いずくんの役に立てるような立派なヒーラーヒーローになるんだから·····」
「そうだね·····二人で最高になろうね」
「·····うん」
琉音は肯定するようにコクッと小さく首を動かして返事をすると、再び出久の胸元にすり寄るようにして顔を押し付けた。いつもより弱々しい姿を見せる琉音は、なんだか愛らしい。そんなことを思いながら、出久はそっと琉音の頭を撫でた。
「·····ねぇ、いずくん·····ちゅーしたい·····」
そう言うと琉音はきゅっ、と出久のTシャツの胸元を握りしめ、琉音は上目遣いで見つめてきた。
こんな風に積極的におねだりしてくる琉音は珍しく、それが嬉しくて出久の心臓はドキドキと高鳴る。
「(·····琉音ちゃん、ほんとに今日は疲れてるんだな)」
朝から夕方までみっちり救護実習で失敗続きだったらしいし、精神面的にキツかったのだろう。普段よりも甘えん坊になっている彼女に出久はふわりと微笑んで「もちろんいいよ」と答える。
そして出久は琉音の顎に優しく手を添えて上を向かせ、瞳を閉じた彼女の唇に自身のそれを重ね合わせた。
·····最初は軽く、啄む様なものを。それから次は少し長く、角度を変えたりしながら。そして最後はどちらともなく舌を差し入れて深い口付けへと変わる。
「ん、ぅ·····」
「はぁ·····んんっ·····」
琉音は息苦しそうだったが、それでも出久の首に手を回したまま応じていた。
静かな部屋に、二人のリップ音と漏れ出た吐息だけが響く。
そしてどちらからともなく唇を離すと、琉音はとろんとした顔で出久の頬に触れる。
「いずくんとちゅーすると、落ち着くねぇ·····」
「·····そう?」
「うん、あったかくて優しいから大好き·····」
うっとりとした表情でそう言った琉音に少しドキリとしながらも、出久は彼女の頭を優しく撫でた。
「琉音ちゃん·····これからは、辛いことがあったらすぐに言ってね?僕はどんなことがあっても君の味方だし、いつでもこうして慰めたりするし、僕に甘えてもいいんだから」
「·····ん、ありがとう·····」
「どういたしまして」
出久が笑顔でそう返すと、琉音もはにかみながら笑みを浮かべた。
その笑みを愛おしそうに眺めると、少し潤んだ目を指先で拭い、彼女を優しく抱き寄せる。
「泣き止んだら寝よっか?明日も早いし、早めに寝ようね」
「·····ん、寝るまでギュッしててもらわないと寝れないかも·····」
冗談めかして言う琉音だが、本当に甘えたいとは思っているらしい。
「(そういうところは何年経っても変わらないなぁ)」と考えつつ、「はいはい分かったよ」と言ってお望み通りに抱きしめると、琉音の安心しきった吐息が聞こえた。
「おやすみ、琉音ちゃん」
「おやすみ、いずくん·····」
出久は優しい声音で言い、そして穏やかな呼吸を繰り返す琉音の額にチュッとキスをする。
「いい夢を」と囁き、そのまま出久も眠りについた。
·····そして翌日、琉音はあの後泣きはらした目を冷やさず寝てしまったため、目元が真っ赤になって腫れてしまった。
それを心配したクラスメイト達に保健室に連れて行かれたが、その途中で昨日のことを思い出されてまた恥ずかしくなったのは言うまでもない。
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仕事で失敗続きだったので癒されるために書いた。
甘やかされてぇなぁ!!!私もなぁ!!!!
20220423
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