逃げ
*
その日、朔夜君と完璧に決別したことをミムラさんに話しました。
ミムラさんは、僕が男の人と付き合っていた事に関しても、気持ち悪がりもせずにちゃんと聞いてくれました。
「彼が…好き、だけど…僕、言えませんでした。好き、だけじゃ、上手くいかない。そう思ったから、引き留められなかったんです…」
朔夜君には言えなかった、僕の本音。
ミムラさんは、黙って僕のいう事を聞いてくれて、最後には
「なでなでしたい」
そう言いました。
「な…」
「馬鹿な恋人に傷つけられたお前を俺はずっと頭を撫でたい。嘘じゃない。
泣くんじゃないよ…ってさ。お前が立ち直るまで頭撫でてやりたいよ…」
「ミムラさん…」
「キノ、頑張れよ。俺はそれだけしか言えないけど…それでも、頑張れ」
優しい、ミムラさんの言葉。
その温かな言葉に、涙腺が緩みます。
大人なミムラさん。
だから、僕は甘えてしまうのでしょうか。
その優しい言葉に。
「僕…ミムラさんともっと早く会いたかった…。ミムラさんと恋したかったな…」
ぽつり、と出た言葉。
もしも。もしも、ミムラさんと恋をしていたら、僕は今頃どうなっていただろう。
朔夜君じゃなくて、ミムラさんと先に出会っていたら…。
馬鹿だな、僕。
ありもしない現実に逃げている。
「ば、馬鹿大人をからかうんじゃ…」
「僕の事嫌いですか…?」
「いや…そうじゃ…そうじゃなくて、だな…」
「困らせてごめんなさい…。これは僕の逃げ、ですね」
「キノ…」
気遣うように呼ばれた僕の名前。
しばらく僕らの間に会話はなかった。
*
それから、度々構内で、可愛い男の子と一緒にいる朔夜君を見つけました。
男の子なのに、まるで女の子みたいな顔をした可愛い彼。
美形な朔夜君と、その子はまるでついになる存在の様で。
もう、朔夜君と諦めると思っていたのに、二人を見るたびに僕の心はキシキシと痛みました。
僕の現状は…相変わらず。
毎日のように玩具のように抱かれて…今ではすんなりと、僕のあそこに男たちのものが入るようになりました。
心なしか、もう抱かれ慣れてしまったのか、心の痛むことも少なくなりました。
慣れてしまったのかもしれません。
「馬鹿じゃないの?」
そうそう、僕を抱く人間で一人だけ言葉を交わす人もできました。
彼の名前は穂積さん。
僕をだく人間の中で、唯一僕を人間として扱ってくれて、僕とセックスが終わったあとも話してくれる人です。
といっても、穂積さんはいつも無愛想なのでまともな会話もありませんが。
彼は僕を抱く人間の中で、少し変わった人でした。
皆思うがまま僕の身体を犯していくのですが、穂積さんだけは苦々しい顔をしているのです。
僕を穂積さんも犯しているのに。
最初は嫌で嫌で堪らなかった穂積さんも、今では言葉を交わす程度にまでなりました。
変わりたくないのに、変わっていく自分。
僕は、それに逃げるように、ミムラさんに話を聞いてもらいました。
「今日も、僕、犯されちゃったんです」
「そう…か…」
「泣いて嫌がっても、駄目で、僕…」
「風紀委員とか、いないのか?先生とか…」
「それは…」
僕も、助けを求めようとはしました。
でも、相手が悪かったのです。
僕を抱いた一人に、学校に多額に寄付をしている子息がいました。
彼は、前々から悪いうわさが絶えなかったものの、お金の力で不祥事をもみ消しているといいます。
そのほかにも朔夜君の友達やら、学校一の不良やら。
穂積さんだって、僕とは会話はするけれど、僕を陵辱するメンバーと仲がいいのか助けてはくれません。
「僕、素行の悪い生徒って噂されてますから。
学校で人気者だった彼を結果的にはふってしまったあの日から、僕は学校では悪者なんです…」
朔夜君が離れ、変わってしまった僕の周り。
今更、風紀委員や先生にいったところで、本当に…?と疑われるだろうし、僕が教師たちに縋ったとなれば、あの日とられた写真や動画を本当にばらまかれてしまうかもしれません。
黙る僕に、ミムラさんは
「お前には俺がついてる」
そういってくれました。
「ミムラさん…」
「なぁ…キノ…」
「はい…」
電話口のミムラさんは、しばらく口を閉ざした後、
「好きだ」
と呟いた。
「え…」
「可笑しいか?顔も知らない、本名も知らないのに。俺、お前が好きなんだよ。キノが好きなんだ」
はっきりと、僕に告げるミムラさん。
その熱い口調に、じわり、と涙が溢れます。
「ありがとう…ございます…、でも…」
同情でしょうか、憐みでしょうか。
ううん、なんでもいい。
その言葉が、嬉しい。
でも…。
「ぼくなんか…」
「なんか、なんて言うな。自分を卑下するな。前を向け」
「ミムラさん…でも…ぼく…まだ…」
僕は、まだ、朔夜君が好きだ。
朔夜君を忘れられない。
いくらミムラさんが優しくしてくれても…。
まだ、朔夜くんが・・・。
だから、ミムラさんの好きという言葉に答えられない。
ミムラさんは、「俺がいいたかっただけだから気にするな、」と、僕に返事は求めませんでした。それも、また、ミムラさんの優しさでした。
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