ミムラさん





それから…何故か僕は、間違い電話の彼と度々連絡をしあう仲になりました。

彼は凄いお人よしなのか、優しい性格をしているのか、はたまたおせっかいなのか、会ったこともない僕なのにそのままにしておくのは不安だから…と、度々電話をくれて、僕の話を聞いてくれます。

まるで、カウンセラーのように。彼は僕の話に耳を向けてくれるのです。


彼は人の話を聞くのがうまくて、ついつい顔も知らないのに僕は彼に辛い今の現状を話してしまいます。


彼の名前は、ミムラ≠ニいうそうです。名前は知りません。
お互い間違い電話相手…ということで、本名は教えず、簡単な名前で呼び合っていました。

顔も見えない、どんな人かも知らないなんてまるでネットの付き合いみたいですよね。

僕は彼にキノ、と名乗っています。これは苗字の木下、からです。
キノと呼んで、と彼にいうと、彼は可愛い名前だな…と笑ってくれました。


そうそう、ミムラさんの事。
彼は聞くところによると、僕より9歳も年上の26歳の大人の方でした。
偶然、彼も僕が住んでいる近くに実家があるっといっていました。
しかも、僕らの学校のOBらしいのです。10年前に僕と同じ学校に通っていた、といっていました。

今はサラリーマンをやっていて、独身、しかも、フリーらしいです。
恋人は作らないのか?と聞けば、高校時代、別れてしまった恋人の事が忘れられずに今もフリーのままだと言っていました。


「こう見えて、俺、モテるんだぜ…?」
「こう見えてって…見えませんよ、電話なんだから…」
「それもそっか…」

はは、と笑うミムラさん。
この人は今、どんな顔をしているんでしょう。

こんな…僕みたいな人間とわざわざしゃべってくれるような、優しいこの人の顔は、どんな人なんでしょう。

見えなくて、凄い、はがゆい。
ありがとう、って本人の前でお礼がいえたらいいのに。


「その人と…どうして、別れてしまったのですか?」
「ああ?ん〜、俺に魅力がなかったから…かな。」
「魅力…?」
「そん時の俺はさ…こう、ただ突っ走っていたわけ。その人が好きすぎて…周りが見えなくなってたっていうの?ほかの誰にも渡したくなくってさ。俺ばかり好きだったわけ。

今にして思うと、俺がもっと大人だったらなぁ…って思うよ。
あの人をもっと大切にしていたら、ってさ…。あの人を守ってあげられたらって」
「本当に好きだったんですね、その人のこと」
「ああ。今でも好き。すっげぇ、好きだった」

そういったミムラさんの声には本当にその人が好きなんだな、と思えるほど声に愛しさが込められていて。
少し、その相手の人が羨ましかったです。

だって、僕は、もう二度と愛されることなんかないと思うから…。
恋をするどころか、この抱かれる毎日の逃げ道すらわからないのだから。


こんな優しいミムラさんに愛されている方が、 心底羨ましくなりました。

僕は大好きな人に信じて貰えなかったから。

きっと、信じてくれるほど、彼は僕を愛しては なかったのです。

「あの人は俺の支えだったな…」

ミムラさんが別れた彼の事をいうたびに、自分 にはないモノを聞かされる感じで酷く羨ましく感 じます。

僕なんかを好きでいてくれるのも、僕がまた人 を好きになるのも…

しばらく無理そうだから…





ミムラさんとの不思議な、繋がり。
僕は、一度ミムラさんにメールアドレスも聞いたのですが、上手く送れず…ミムラさんも僕のメールアドレスを教えたのですがこれまたうまく送信できず。
僕らはメル友にはなれず、ずっと電話での付き合いをしていました。

専ら、電話は、ミムラさんから。
本当は電話代がもったいないと思い、僕からもかけているのですが、生憎、いつもミムラさんの電話番号にかけても繋がらないのです。なぜでしょう。
電波の問題なのでしょうか。


ミムラさんは子供が電話代なんて気にするな…なんて笑ってくれましたが…
ミムラさんにはほんと、申し訳なさでいっぱいです。

あの日、ミムラさんが電話をくれなかったら…僕はどうなっていたでしょうか…。
あまり考えたくはありません。僕は本当にいつか死んでいたかもしれないから。


ミムラさんがいてくれて、朔夜君のことを考える時間が少し減りました。
朔夜君がまだ好きなのに。
朔夜君を思い出すたびに傷つくだけの心は、少し余裕ができたように思います。

ミムラさんとの時間は、僕の中で、大切なもの へと変わっていきました。

ミムラさんは僕の精神安定剤みたいな人です。

こうして、ミムラさんとずっと付き合っていけば…朔夜君を忘れられるでしょうか。

あんなに好きでいた朔夜君を…。


図書室でミムラさんのことを考え込んでいた僕の視線に、影が落ちました。
ん?と不振に思い顔をあげた瞬間、影の主を見て固まりました。

「…あ…、」
「…先輩、」
「朔夜…くん…」

朔夜君…。
避けていた朔夜君が…僕に話しかけています…。
久しぶりに間近で見る、朔夜君の顔。
その顔に泣きそうになります。

「今、いいですか…?」
「僕…」
「時間は取らせませんから」

そういって、彼は僕の腕を掴みました。
どこかいらいらとした、有無を言わせない様子。

その様子に、少しびくびくしながら、僕は大人しく彼の後を追いました。

連れられたのは、使われていない空き教室でした。
彼は僕を中へ入れると、じっと、無言で僕を見つめました。

「…朔夜君…?」
「俺、今付き合っている人がいます…」

静かに、切り出された言葉。突然の言葉に僕は呆然と目を見開きます。

彼が誰かと付き合いはじめたことは噂で聞きました。僕を抱いた不良も、朔夜くんがほかの誰かと付き合ったと僕に行っていたのです。
だけど、朔夜くんの口から改めて聞かされると・・・、ショックで何も言えません。


「え…、」
「あいつが、付き合ってっていうから…。俺まだ先輩の事好きです。
でも、正直わからないんです…あいつの言葉を信じればいいのか、先輩の言葉を信じればいいのか…」

朔夜君は、真剣な顔で僕を見据えて、

「だから、言ってください。本当の、こと。先輩は、俺の事好きですか?俺ばかりがもしかして舞い上がってました?」
「そんな、こと…」
「じゃあ、なんで他の人に抱かれたんですか…。なんで…っ」

感情をむき出して、履き捨てる朔夜君。それはいつもの優しい朔夜くんの姿ではありませんでした。僕のせいです。


なんで…。
なんでこうなったのか…なんて、僕にもわからない。

『お前が悪いんだぜ?学校の超有名人のあいつと付き合うから。変な恨み買っちまったんだからな』

そもそも、僕が、こんな僕が朔夜君と付き合ったからいけないんでしょうか…。
僕が、何も持たない弱い僕だったから。
だから、朔夜君にも助けを求められなかった。
信じてもらえなかった。


何も言えず俯く僕。彼はしばらく、僕の言葉を待っていたようだけど、僕が何も言えないとわかると、ふ、と一瞬寂しげな顔をし、僕の身体から離れていきました。


「朔夜君…」
「俺は、俺だけの人がいいから…」
「え…」
「俺…まだあいつが好きかわからないけど、先輩の事、諦めます…。心が狭い男でごめんなさい。でも、俺、先輩を疑ったまま、付き合っていたくないから…。ごめんなさい。今までありがとうございました」

続く言葉を出来るなら聞きたくなかったのに。

「さよなら」

そういって、彼は僕の方を見ずに去っていきました。
今度こそ、彼との決別、でした。







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