ずっと永遠だと思っていた関係もいつかきっと別れがくる。
それはたとえば死だったり、別離だったり。
永遠なんてこと、ないんだ。

僕と朔夜の関係も、また。

「この電話ってさ、この家じゃないと通じないんだよね…」

沈んだ声で、僕はそう切り出していた。
季節はまもなく春を迎えようとしている。

僕ももうすぐ高校を卒業する。
そして、この家を出る。
朔夜の元から消えるのだ。

「家を出る…のか…」
「うん、引っ越すの。朔夜とも、もうすぐお別れだね…」

辛い。朔夜が好きだから。
今の朔夜も好きだ。でも、ずっと支えてくれた未来の朔夜も同じくらい好きになっていた。
他の何物にも比べられないくらい。
離れるなんて、考えられない。
会いたい。会いたい。
傍に、いたい。
一緒にまた、笑い合いたい。


「なぁ、飛鳥。未来、変えないか?」
「未来…?」
「俺に告白してくれないか。そしたら、たぶん、未来が変わるから。俺は多分、逃げない。俺のことだから、わかる。お前から好きだと言われたら、きっと高校のときの俺はお前をまた好きになるから。だから…」

朔夜は、僕にもう一度告白しろ、という。
ちゃんと話せば、俺は受け止めるから、っと。

「でも…」
「大丈夫だ…お前たちだけでも、まとまってくれ。
俺とお前がまとまった未来を考える幸せをくれ」
「朔夜…」
「大丈夫。俺はずっとお前をいつも思っていたから。言えば絶対お前だけを見るようになるから…」

自分の事だぞ、と、威張ったように言う、朔夜。
優しい、朔夜。

未来の朔夜は、僕と会えずじまいなのに…。
それでも、僕らの事を気にかけてくれている。


「僕、多分・・・すっごい怖がってる、でも…」

朔夜のくれた言葉は、無駄にしたくない。
朔夜と、ずっと一緒にいたい。
朔夜とまた付き合って、愛し合いたい。


「ぼく…がんばり、ます……」
「いい子だ」

優しい朔夜の声。
自然と口元に笑みが浮かんだ。






朔夜君の教室に行く。しかし、朔夜君は先生に呼ばれていないらしい。
しばらく教室前のドアで小さく待っていると

「あの…」

誰かに声をかけられた。僕と同じくらいの背の小柄な子。
良く見ると朔夜君の、恋人君だった。
その子は相変わらず、男にしては可愛い、顔をしていた。
目がパッチリと大きくて、サラサラした髪の毛に淡い薄い形のいい唇はまさに美少年といっていい。


「お話があるんです」
有無を言わさない、口調。にっこりと笑いながら言っているのに…。
その笑顔は怖かった。目が笑ってなくて、僕を殺気だつ視線で見ていたから…。



彼に連れられたのは、空き部屋の数学準備室だった。
部屋に入るやいなや、彼は僕を突き飛ばす。
どん、と衝撃により、僕はお尻をうってしまった。

そんな惨めな転び方をした僕に彼は、ふん、と見下した視線を向ける。
ぞっとするほど、冷たい…。避けずむような視線だった。


朔夜君と一緒にいたときはあんなに可愛かったのに、いまのその顔は般若だ。


「貴方さぁ、まだわかんないの?」

彼は転んだ僕を見下ろしながら、言葉をはく。
突然の暴行に、僕はただ、瞳をパチパチと瞬かせる事しか出来ない。


「あの…」
「貴方をね、あいつらにレイプさせるように頼んだのは、僕だよ」
「え…」

レイプサセルヨウニタノンダノハ…

ボクダヨ




突然投げかけられた言葉に、固まる。

今、なんて…。
この子はなんて、言った?


朔夜君の今の恋人が…
僕を…




「だって、先輩みたいな人、僕嫌いなんだもん。
 僕の方がふさわしいもの。貴方はただ足を引っ張るだけだ。貴方なんか彼に愛される資格…ないんだよ…」


可愛い、彼の顔が歪む。その顔はけして、可愛くはなかった。
恐ろしい、醜い顔をしていた。
嫉妬に駆られた、鬼の顔だ 


「君が…、君が…僕を…」
「うん。邪魔だったんだもの…。僕、ずっと彼の事好きだったのにさ…
貴方みたいな人好きになるんだもの。貴方みたいな魅力のない、人」
 
「…、だからって…」

フルフルと身体が震える。
怒りからか…
悔しさからか…

今まで散々なぶられた事が頭を過ぎり、ぐわんぐわん、と僕の感情を支配する。

ただ、好きなだけだったのに…

僕は…ただ…。



「それに、そんな汚れた身体で彼の隣にいたいの?」
「僕は…、」

僕は、もう、綺麗な体じゃない。
誰かに抱かれた身体。汚された身体。
でも、だからって、こんなことされていいわけじゃない。

「じゃぁ、もう一つ、身を弁えない貴方に教えてあげる。

ミムラコーポレーションってあるでしょ、大手会社。あなたでも聞いたことあるんじゃないかな。
あれね、彼の父親が社長、おじいさんが会長してるの。
つまり彼は、期待のミムラコーポレーション子息な訳。

君との醜聞が世にでたら、どうなると思う?君みたいな子と」



ミムラコーポレーション。
それは、僕でも聞いたことがある、大手製薬会社の名前だった。

ミムラとして、僕と話していた未来の朔夜。
そして、ミムラコーポレーションの血縁者らしい朔夜。


今までミムラの名前が謎だったけど、ここにきて、つながった。

未来の朔夜は、お爺さんの名前を使っていたんだ。



僕がいたら、朔夜くんは遅かれ早かれ、足手まといになる。
うっとうしくなる。

彼はそれを見越しているのだ


「脅し…ですか…」
「うん、脅し」

くっ、と彼は笑いながら、膝をおり、僕に視線を合わせる。

「ねぇ、根暗は根暗らしく、そこらへんの人間にしなよ。君に彼は合わないんだよ」


僕に彼は合わない。
わかってる。そんなの…。


でも、朔夜はこんな僕を好きだといってくれた。
こんな僕でもいいと言ってくれたんだ。


キっと、彼を睨む。
反抗的な目をした僕を、彼はちっと舌打ちし、忌々しい顔で見つめ返した。


「彼に付きまとうな、世界が違うんだよ。

君がいたって、彼にしたら足手まといにしかならない。
能力、容姿全て…ね。
遅かれ早かれ、どうせ捨てられちゃうんだ、良かったじゃない、捨てられても色々男遊びができて」


「僕は…、」


「あいつらが言っていたけど…君って処女だったの?初めてをあいつらにあげちゃったんだよね?先輩に抱かれないで」

「…それは…、」

「僕は抱いて貰ったよ。彼に。
貴方は抱いて貰えなかった、彼に。


今更、先輩が出てくる必要ないんですよ」


優位に立っているかのように、彼は微笑み、僕に背を向ける。

言いたいことは、どうやら牽制だったらしい。

もし、また朔夜に好きだといったら…彼はまた、容赦なく僕らの邪魔をしてくるだろう。


僕は、彼とは釣り合わない、といって。


僕は彼と釣り合わない。
わかってる。ちゃんとわかってる。

ツキリ、と胸に痛みが走る。

泣かない。泣くもんか。絶対に泣くもんか。
負けたく、ない。


僕は腹に力を入れて、またキツク小柄な彼の背中を見つめた。






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百万回の愛してるを君に