side朔夜。

その時は、また僕と付き合ってくれますかー?

朔夜と、恋がしたいんです。
朔夜だけ、と、恋がしたいんです。
だから…。
だから、待っていてくれますか。
いつか、きっと、朔夜に会いに行くから。
だから、そのときまで…。


"ー待っていて。"



先輩。
木下先輩。飛鳥。
俺の、飛鳥。
俺は、掛からなくなった電話を握り閉めて、重い息をつく。

一人暮らしの家は、どうしても一人でいると気が滅入ってくる。
一人が嫌いな俺だから、尚更。

あれから。
しばらくして、先輩との電話が通じなくなった。先輩は引っ越ししてしまったらしい。
引っ越しすると同時に、今までかかっていた電話番号は通じなくなってしまったのだ。

先輩…飛鳥との電話が通じなくなって1か月。
飛鳥は、あれからどうしているんだろう。
ちゃんと、前を向いて歩いているんだろうか。
俺の事なんか、もう忘れてしまっただろうか。

十年前と十年後の電話

俺が傷つけた先輩。俺が勇気づけたキノである、飛鳥。

飛鳥先輩は、俺に傷つけられ、そしてまた俺に癒されたと言っていた。朔夜のあの電話で、僕は自殺しようとしていた弱い心から立ち直られた、と。

何も知らなかった自分。先輩を信じず、ずっと、捕らわれたままだった自分。
一途だった先輩を裏切り、愚かな策略に陥ってしまった自分。

もしかしたら、あの電話は俺が作り出した幻だったのかもしれない。
飛鳥先輩への未練が生み出した…。
それほどまでに、俺には都合がいい、いい夢だった。
飛鳥先輩…飛鳥との、あの日々は。
飛鳥が俺に救われたと言ってくれて、俺まで救われた気がした。全ては詭弁だけど。


「飛鳥、」

何もない、白い部屋の壁を見つめながら口から滑る、飛鳥の名前。

もう、戻れない月日。戻れない、先輩との日々。

もし、あの時、先輩を信じていたら。
もし、もう少しだけ、あの頃の俺が大人だったら。
そしたら、この未来は変わっていたんだろうか。

悔やんでも悔やみきれない。
戻れない、月日。


「飛鳥、」

不思議な、タイムスリップ。電話だけの、日々。
昔の思い出。

でも…俺は、会えない。あんなに愛おしい人なのに。
俺の時間には会えないのだ。
飛鳥先輩に。
こんなにも、恋こがれているのに。
先輩だけを、欲しているのに。

神様は意地悪だな。10年前の先輩に、わざわざ電話をつなげるなんて。
余計、諦めつかなくなってしまった。

これは報いなのかな。先輩を傷つけた…。
やっぱり、俺には先輩しかいない。
飛鳥しか…木下飛鳥しか、俺にはいないのだ。


あの後、高校時代先輩の後に付き合っていたヤツと別れた。
幼なじみの穂積が、先輩が俺から離れた原因がそいつだと教えてくれたから。

別れは実に呆気ないものだった。


この数年、たくさんの人と付き合ってきた。
でもみんななにか違うのだ。
なにかが違うのだ。
飛鳥じゃないと


身体も心も拒否反応をおこすのだ。



―外へ行こうか。

もう夜も更けたけれど。
ふらり、とコートを上にかけて、外へ出る。


眠れなくなった時、まるで安定剤のように俺はそこへ行ってしまう。

飛鳥と、十年前の飛鳥と会おうとしていた、駅前の時計の下に。


そこに行けば先輩が、いるんじゃないかって。
いて、待っていたと言ってくれるんじゃないかって。


馬鹿だな。ここ10年会えなかったというのに。

でも、不思議とそこに行けば、いつも鬱々しい気持ちが晴れやかになった。

今日も、夜中の11時回ったにも関わらず、駅前にいき、時計の下によりかかる。
寒い。北風が、まるで叩くように俺の頬を撫でた。

「会いたい…飛鳥…、」


会いたいよ、どうしたら会える?
どうしたら、この気持ちを伝えられる?

どうしたら…
この腕に貴方を抱けるんだろう。


同情なんかじゃない、責任でもない。

愛してる、ただ、狂おしいほどに。

出来るなら謝って、謝って、飛鳥の傷が癒えるまで傍にいたい。

傷が癒えたら、また、一緒にいたい。

俺には、飛鳥しかいなかった、と伝えたいのだ。

けして、無理な願いだとわかっていても。

それでも願わずにはいられない。

飛鳥がくれた、あの優しい愛情を俺は忘れられないから。
忘れる事なんて出来ないから


11時30分。
今日もまたぼんやりと時間を過ごしてしまった。
そろそろ帰ろうか、と駅に背を向ける。そのまま一歩、足を踏み出す…

しかし

「…、」
足が不意に止まる。
ぴたり、と。





とても懐かしい声が聞こえたから。
幻聴か…。
待ち望んでいたからか。

妄想じみた期待が胸を掠める。

はやる気持ちを抑え、ゆっくりと振り返る。


そこには…、


「朔夜、」

そこには、ふんわりと、笑う綺麗な人。
片手には綺麗な薔薇を一輪携えている。

優しく綺麗な笑顔で笑いかけて…俺を見つめている。

この笑顔を、俺は知っている。

この笑顔を、俺は忘れた事がなかった。


「あす…か…」

ずっと、会いたくて…
探していたから


「朔夜、」
「…あす…か…」
「うん。
遅くなってごめんね、朔夜。あの…、えっと」

先輩がいる。
飛鳥。

俺の、飛鳥が、いる。

夢じゃ…ない…?
ほんとうに、夢じゃない…

この腕にもう一度、抱ける…

自然と走り出す、足。

俺はその人のところまで近寄ると、有無を言わさずぎゅっと抱きしめた。


温かな体温。
確かに、いる

いるのだ、ここに



「…せんぱ…」
「飛鳥、だよ。朔夜…、対等な関係、でしょ…」

ふふ、と微笑む。
その口調は十年前のあの頃とは違い、少し余裕がある大人の笑みだった。


「飛鳥…っ飛鳥っ」

温かな、体温。
泣きたくなる。

切望する程に、会いたかった。

ずっとずっと、会いたかった。

会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて、
たまらなかった。

その人が、今、俺の腕の中にいる。

会いたかった人が、今目の前にいる。


「飛鳥…」
「ごめんね…、遅くなって。

君と出会おうって決めた日にもいけなくて。

色々あって、ようやく、日本にきたんだ。
君に会いに。君に対等になれるように」

「対等…?」

「アメリカで…、色々勉強したんだ。 
経済とか…裏社会のコネとか色々ね。

株とかでお金も増やしたよ。

朔夜と隣にいても、誰にも何も言わせない、対等な人間であるように…。
頑張ったんだ。
僕。

朔夜といたかったから…。
時間かかったけど…やっとね…朔夜と一緒にいられるようになったんだ

色々してたから…だから、遅れちゃった…」

「アメリカ…。
俺の、為に…。俺の、せいで…」


また、飛鳥は俺の為に…?
俺の犠牲に…

なんで、飛鳥はいつも…
何も言わないで犠牲にばかりなるんだ…

そういえば、飛鳥は、ぶんぶん、とかぶりを振る。

「僕の為、だよ。僕が朔夜の傍にいたかったから。

ずっといたかったから…。

これは僕の為、だったんだよ」

「飛鳥…」

「もうずっと一緒だよ…ね、朔夜」


ヘラリと笑う飛鳥

俺といたいから、対等であるべき権利を手に入れたという飛鳥。

俺は・…俺は散々酷い事をしてきたのに。

俺は飛鳥が悩んで苦しんでいても何もせず、飛鳥を苦しめていたのに…


飛鳥は…
飛鳥は…なんで…

「飛鳥…ッ」

「泣かないでよ…いい男が台なしだよ…?」

「ごめん…飛鳥、俺…ほんと…ごめん…」

「いいんだよ…、僕も、ごめんね。遅くなって、」

ニコリ、と、まったく恨みなどないように笑ってくれる。

なんで、こんな飛鳥は…飛鳥は強いんだろう。

俺は傷つけたのに。
お前を信じられなかったのに。

俺は弱い男なのに…


「俺、すっごい傷つけた。
何も知らないで、馬鹿みたいに…俺の、せいで…」

「ううん。君がいたから僕は今こうして生きているんだよ

君が、勇気づけてくれたから…
嘘みたいなお話だけど。

僕は十年後の君に助けられたんだよ」

そっと、俺の頬に手をおく飛鳥。
俺もその手に自分の手を重ねる…

ボロボロ、涙を流したまま。

涙が止まらない


今≠ェ夢のようで。
飛鳥がいる今が、とても、嬉しくて。
泣きたいくらい、嬉しくて。


「愛してる、貴方だけを…、ずっと…貴方を…愛してる…」

空いた片手で、飛鳥の腰を抱きよせる。

飛鳥は真っ赤な顔をしながら、うん…と俺に返した。


































「10年かかったけど、僕を愛してくれますか?」

「馬鹿な俺だけど、これからも飛鳥を好きでいさせてください
ずっと傍にいさせて下さい」



俺はようやく手に入れた幸せをかみしめながら、飛鳥の背をぎゅっと抱きしめた。

真夜中なのに駅前でそっと交わした口づけは…恥ずかしかったけれど、とても幸せな味がした。






おわり




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百万回の愛してるを君に