僕と彼



きっと、その恋が僕にとって、最初で最後の恋だったと思うのです。
その恋が恋じゃないというのなら、僕は多分一生恋なんて出来ないと思うのです。
それほどまでの、恋でした。
僕にとって、彼とのその恋は。
激しい激情とも言える恋でした。


 大好きな恋人がいました。
大好きで大好きで、僕の頭の中は彼だらけになるくらい、大好きな人。
いえ、好きでは足りませんね。僕は彼を愛していました。

まるで恋する女の子みたいに四六時中彼の事を考えていました。
いつも、いつでも彼の事を。
恋をすると寝ても覚めても、その人だけになるといいますが、まさに僕はその状態でした。
どれだけ好きといっても言い足りないくらい、僕は彼の事を好いていたのです。


僕が…初めて付き合った人。好きになった人。
彼の名前は、富山朔夜(とみやまさくや)といいます。
年下の彼を僕は、朔夜君、といつも呼んでいました。

彼は僕より同じ学校の一つ年下後輩で、有名人でした。
何故有名なのかと言われれば、その容姿が大変かっこよかったからです。

身長180センチという高い身長も、柔らかで、甘いその顔も。
笑った時に、柔らかな目元になる、その顔も。
まさしく彼の容姿は美形≠ニいう名に相応しい人でした。

シャープな顔立ちに、すっきりとした鼻梁、黒い艶やかな髪は、短く切りそろえられており、時折、艶やかなその髪は光に反射し綺麗な天使の輪っかが見えました。

優しげでいて、爽やかで、男前なその容姿。
歩くだけで、周りが華やかになっていく彼の周り


そんな彼を慕う人はたくさんいました。
頭も良くて、学年主席。スポーツは万能で、剣道の全国大会ではいい成績を取っていて部活では一年にして試合のレギュラー。
しかも、性格もよく、中学までは生徒会長をやっていて、数多くの伝説を作ったとか…。

真面目で、曲がったことが嫌いで、悪い事が嫌いな彼は、不平があるなら教師にも臆することなく、つっかかっていったそうです。

一見すると非の打ちどころがない彼。
凄いですよね。こうも完璧な人間が実在するとは、僕も思いませんでした。
彼は凡人の僕からすると、まるで漫画の主人公のようにその存在は遠いものでした。


かくいう僕も、彼が入学し新入生代表の言葉を述べているとき、一目で彼に視線を奪われた一人でした。
多分、一目ぼれだったと思います。
その優しげな表情に。
真っ直ぐ前を見るその表情に。

どうしようもなく、惹かれてしまったのです。
彼のその存在に。彼の全てに。


しかしながら、僕は彼と違って、綺麗な容姿も人に自慢できる頭もありませんでした。
僕は平凡というか、ちょっと地味で、まるで空気のような、そんな存在感のないおとこでした。
僕の存在は、誰にでも変わりがいるような…そんな存在だったのです。

輝いている朔夜くんとは真反対の人間。
僕という人間は、本当に何の特徴もない、面白味のない人間でした。
彼とは、普通なら、出会うはずもなければ、なんの接点もつかない、そんな人間なのです。


僕たちが通う葉山学園は、男子校なので、彼は入学当初から沢山の可愛い男の子たちから告白されていました。
しかし、彼は男同士の恋愛には興味ないのか、はたまた、自分のタイプの子がいなかったのか、ことごとく彼らを振っていきました。

ごめんね…、と一人一人丁寧に傷つかないように、振るときも最低限の礼儀を持って。
男同士の恋愛に興味があるのか、ないのかは知りませんが、ちゃんと相手を傷つけないように、彼はふるのです。

そんな彼だから僕はますます彼を好きになりました。
人を傷つけない優しい彼だから、彼を慕う人は全く減りません。

可愛い子がどんどん彼に告白していく中、僕はただ遠くから彼を見ているだけという日々が続きました。
僕みたいな平凡で普通としかいえない人間が告白してもそれは無駄なだけだし、僕は別にこの気持ちを彼に知って貰おうなどとは思っていませんでした。

ただ、好きなだけ。ただ遠くから見ていたいだけ。
それだけだったのです。
僕は、その現状に満足していました。
けして、交わらない、見ているだけの日々に。

見つめるだけの淡い恋だけで、満足していたのです。

姿を見られれば幸せだなんて、自己満足、していたんです。





「木下飛鳥先輩?」

一つ年上の僕と、後輩の彼。接点のない毎日。
高校一年生首席で剣道部エースの彼と、2年生で図書委員の僕。
放課後。
いつも見つめていただけの彼から声をかけられたのは、本当に偶然、というか、僕にとっては奇跡的なことでした。
僕が図書委員で図書室にいるとき、彼に声をかけられたのです。

初めて間近で彼をみた僕の心臓は、どくどくと、まるで独楽鼠のように走りました。
近くでみると、余計その美貌にくらくらとしてしまいます。


―この心臓の音が聞かれてしまったらどうしよう…、この気持ちがばれたらどうしよう。

そんなことはありえないのに、僕は彼に声をかけられて、頭の中では物凄くパニックに陥ってしまいました。


「あの…」
「…ああ、すいません、木下先輩ですよね?名札にそうかかれていたので、」

彼は僕の胸元についている名札を指さしながら、違いますか?と問いました。
ただ問われただけなのに、僕の胸は嫌になるくらい大きく跳ね、顔はじわじわと熱を帯びていきます。

僕にとって、咲夜くんは、テレビの中の有名人よりも遠い存在の人でしたから。
あまりの緊張に、頭が回らなくなり、口も自由に動かなくなりました。

やっとの事で

「あの、確かに木下は僕ですけど、」

僕が答えると、咲夜くんは柔らかく目を細める。


「木下、飛鳥さん、ですか」
「あ、はい…、あの、でもなぜ…」

何故、彼が僕の名前を知っているんだろう。
彼と違って僕は有名人でもないのに?

僕の考えが顔に出ていたのか、彼は、くすりとわらい

「これです…」

そういって、本につけられた図書カードを見せました。
どこにでもある図書カード。

そこには、僕の名前。2年B組木下飛鳥。
ちなみに、2年には木下は僕しかいないし、名札は学年ごとに色が違う。

僕の名札は青色で、彼の名札は黄色、だ。2年が青で一年が赤だから。
だから、この図書カードに書かれた2年の木下が僕だとわかったんだろう。


「あ…」
「俺が読む本、大体貴方の名前が入っていたから…気になっていたんです。どんな人が、こんな本読むのかなって。
マイナーな本も読んでいたから…。余計。っといっても、ホラーはよんでなかったみたいですけどね…。
2年B組、木下飛鳥先輩」

そういって、彼は僕に笑いかけました。

ふんわり。まさにそう表現するしかないような、笑顔で。
柔らかなその表情に、ついつい顔が赤らんでしまいます。

どうして、朔夜くんは芸能人でもないのにこんな笑みが自然にできるんでしょう。
販促、です。


「俺、富山朔夜(とみやまさくや)っていいます。いきなり不躾ですいません。
ずっと、このカードに書かれた名前の人が気になっていたんです、ずっと探していて、見つけたいな…なんて思っていたんですよ」

ニコリ、と微笑む彼。
初めて近くで見た彼の笑顔はとても眩しくて。
僕は、ぽぉっと彼のその顔に見惚れてしまいました。


「…先輩?」
「…すいません、あの…君の笑顔が素敵で、凄く好きで…、って僕はなにを…」

初対面で好きだなんて…!こんな平凡顔な僕が恐れ多い!
いきなりこんな僕に好きだなんて言われても、困ってしまうだけなのに。
一人あわあわと挙動不審な僕。先輩なのに…威厳なんかちっともありません。

そんなパニックに陥り挙動不審に、あのね…と弁明を繰り返す僕を、彼はふふと笑い、

「先輩って可愛いですね、」

そう微笑んでくれました。

当然、僕はその言葉に赤面。
まともに彼の顔を見れずに俯くだけになってしまいました。


それが、僕と彼の出会い。僕と朔夜君との始まりでした。
こんなちょっと少女漫画ちっくな出会いが、僕と朔夜君との始まりだったのです。
ほんと、偶然の出来事ってあるものだと、僕は普段信じもしない神様に感謝しました。



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