カラフルなキミ - 聖人君子の誤解

 同じクラスの女子が、最近よく俺に話しかけてくるようになった。ぶっちゃけると、イイなと思ってた子に話しかけられるのは悪い気はしなかった。もしかして、なんて期待もしたけれど…、すぐそれは勘違いだとわかった。だって彼女は、大地のことばかり聞いてくるのだ。


***


「菅原」

 昼休みのチャイムが鳴って弁当を広げかけたところへ名前を呼ばれる。顔を上げると桶川がレジ袋を提げて立っていた。

「澤村のことなんだけど」

 桶川との会話のはじまりは、いつもこれだ。テンプレートとなったそれはいつの日からかちりりと俺の胸をやくようになっていた。
 桶川って大地のこと好きなの?大地とは話してるの?俺のことは、どう思ってんの?訊きたいことはたくさんあるのに、俺は今日も耳を貸す側だ。

「……ショートとロングだったら、どっちが好きかなぁ」

 きょろ、と周りを見回して大地の不在を確認すると、こっそりと訊いてきた。俺は肩を竦めつつ笑って、弁当箱を開いた。桶川も慣れたようすで俺の前の席に座り、レジ袋から菓子パンを取り出す。

「大地はそういうの、気にしねぇべ」

 わかんないけど、と保険をかけて箸を取り上げる。知らないと言えば済む話を、どう繋げようか思考を巡らせる。そういえば最近桶川が大地のことを訊いてくるから、わからないことは大地本人に訊いてたら「どうしたスガ」って戸惑わせたんだっけ。そんなエピソードを話したら、桶川はふふ、と笑ってからごめんと謝った。まあ、謝ったといってもきっと口だけなんだけれど。

「って、それ私が澤村のこと訊いてるってバレちゃうじゃん!」
「いや、大地結構ニブいからな〜…。よくわかってねぇべ。」
「澤村がニブいのには同意せざるを得ないわ」

 それからもう二、三の質問に答えつつ少しだけ他の話もできた。最近になってから大地以外の話題もできるようになって、ちょっと嬉しかった。

「…桶川って、結構大地のこと訊いてくるけど、もしかして気があんの?」

 そんな矢先、つい、ぽろりと日頃の疑問が口から零れた。あ、しまった。そう気付いたときには桶川は目を丸くさせて、頬を赤らめて、首を横に振った。「いやいやいやいや!」「ちがうちがう!」必死になって否定する姿は、俺には肯定しているように見えた。

「大地のこと好きなら、俺と話してても変わんねーべ」

 嫉妬からくる言葉だった。せっかく他の話ができて嬉しかったのに。取り繕うと思えばできたのに。そうできなかったのは、相当自分の中に積もらせていたものがあったらしい。

「私が好きなのは菅原だよ!」

 騒がしかった教室を黙らせるには十分なボリュームで桶川は言った。って、え?
 俺が目を丸くしていると我に返った桶川の顔が真っ赤になり今にも沸騰しそうになっていた。たまらず、といったかんじで桶川が飛び出し、脳の情報処理機能がストップしていた俺を静かな教室に置き去りにした。

「え、菅原気付いてなかったの?」
「おい追えよ」
「深里行っちゃったよ!」
「人のことニブいとか言えないでしょ」

 堰を切ったようにクラスメイトたちが喋り出す。言葉の波に押されるように俺も教室を飛び出した。行き先の検討は大体ついていた。
 追いついたらなんて言おう。まずは謝罪から?戻ったらクラスのやつら、うるさいだろうな。走りながらいろんな考えが脳内で並立した。俺の気持ちは決まってる。もう遠慮することなんかないんだ。そうわかると心がすっと楽になっていくようだった。
 校舎裏の花壇前。大地以外のことで桶川が教えてくれた場所。一人になりたいときはちょうどいい場所。やっぱり、桶川がしゃがみこんでいた。

「桶川!」

 声をかけたら跳ねる肩。恐る恐るこちらを振り向く桶川に、どう言えば誤解なく伝えられるのだろう。
ALICE+