月の海辺で踊りましょう - 試合観戦

 東北といえど夏は暑い。少しでも涼しくなれとノースリーブのトップスを着て、弟の試合の応援に行く。試合に出るとなると必ず行っていた応援にも、あの試合を境に足が遠退いていた。
 スパッと切り裂くようなトス。ブロックを振り切るために上げられた、無茶なトス。ボールが落ちたのは、こちら側のコートだった。あの試合の後、私は飛雄になんと声をかけたらいいのかわからなかった。あの小さく見えた背中に、どう励ませばよかったのか。どの言葉も違うように思えて、何も言えなかった。




「飛雄、明日観に行ってもいい?」

 思い付いたのは昨日のことだった。もちろん飛雄は目を丸くしていた。別に、いいけど。素っ気なく聞こえる返答を、私は笑いながら受け止めた。




「……あっつい」

 あまりの暑さに後悔の二文字が浮かんでは消えた。可愛い弟の高校生になって初の公式戦。姉がそんなことで音を上げるわけにはいかなかった。
 応援席についたのは試合開始前のアップ中で、飛雄に手を振ってみた。姉の私が言うのもなんだけれど、飛雄はバレー以外のことでは抜けていて…。気付いてくれたのは、とっても背の高い眼鏡くんだった。彼はじっとこちらを見たあと、飛雄に声をかけたようだった。飛雄はバッとこちらを振り向き、私は手を振った。どう反応するのか困ったようで錆びた機械のようにぎこちなく手を振り返してくれた。瞬間、周りのチームメイトが飛雄に群がって、私はびっくりしたのだ。だって、ねぇ?


 試合後、会場から出てくる飛雄を待っていると黒いジャージを着た集団が出てきた。飛雄たちだ。飛雄、と声をかける前にまた長身眼鏡くんと目が合い、私はペコリと頭を下げた。

「深里」

 今度は飛雄も気付いてくれたらしく、駆け寄ってきた。お疲れ様。ありきたりな労いの言葉をかけて微笑んだ。

「影山のお姉さん!」

 明るく跳ねるような声が私たちの間に飛び込んできた。試合でよく跳んでいた、たしか背番号は…。

「こんにちは、10番くん」

 私と同じくらいの身長の彼は興味津々なようできらきらひかる目をこちらに向けてきた。

「おれ、日向翔陽っていいます!」
「あ、私は影山深里です」
「影山さん……は何か影山にさん付けしてるみたいでむかつくな…。深里さん、今日は応援に来てくれたんですか?」
「うん、弟がいつもお世話になってます」
「最初影山の彼女かと思いました」

 へ?間抜けな声が出て、すぐに笑いが込み上げて噴き出してしまった。

「ありがとう、でももう今年で22だよ?私」
「日向影山、集合だよ」

 緑がかった黒髪の12番くんが二人を呼んだ。彼の隣に立っている眼鏡くんは静かにこちらを見ている。

「あ、ごめんね。引き留めちゃった。飛雄、私これで帰るね。レポート溜まってて」
「また来てください」

 飛雄が短く頷いて日向くんはまたと言ってくれた。元気に向こうへ駆けていく日向くんとそれに張り合って走る飛雄が新鮮で嬉しかった。4人にばいばいと手を振って会場を後にする。やっぱり日差しは鋭くて、蝉は相変わらず鳴いていた。
 今夜はポークカレーをつくってあげよう。温泉卵を乗せて、とびきり美味しいものをつくってあげよう。お祝いだもんね。
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