「やだ!」
「どうして?」
「みんな僕を置いてった!初めては空さん。それから…、それから…、っ最後はお兄ちゃんまで!」
「何かワケがあったんだよ」
「違う!」


 目にたくさんの涙を溜めながら、タケルは唇を噛みしめた。たった一つの思いが心にのしかかる。幼いながらにそのことを重々承知していた。


「みんなっ、みんな、僕が嫌いなんだ!直ぐ泣くから…っ!子供だから…っ!」
「ピコデビモンってやつがなんて言ったか知らないけど、ヤマトがお前を嫌うはずないじゃないか」
「…でも、でもお兄ちゃん、僕と太一さんが仲良くしてたら、嫌な顔してたし…太一さんや栞さんを探しに行こうって言った時も反対した!僕が太一さんたちのことばかり言うんで、それで嫌いになったんだよ…っ」

「…それ、は…」
「…ヤマトも分カりヤすいネ」


 頭上でされている会話は聞こえていないのか、タケルは太一へと握りこぶしを作って向き直り、その腰めがけ抱きついた。


「太一さん、僕を太一さんの弟にして!」
「えっ?い、いや、それはちょっと…」
「ダメなの?」
「え?い、やダメとか、そういうんじゃ、」


 参ったな、というように首を栞の方へと向ける。戸惑う視線に、栞は少しだけ微笑んだ。もしかしたら初めて、太一から頼りにされているのかもしれない。ちょっとだけ、誇らしげになった。


「タケルくん、」


 タケルのその気持ちは、身に染みて痛いほど分かる。栞は掴んでいたペンダントから手を離し、そ、とタケルの肩に手を置いた。タケルの顔が、栞を見上げる。その瞬間、ぽたりと涙がこぼれた。


「栞さん…?」
「タケルくんの気持ち、すごく分かる。でも。ヤマトくんが、タケルくんを嫌いになるわけないよ」


 不意に、あの頃の一馬の言葉がよみがえった。


―――…志貴兄ちゃんがお前を嫌いになるわけない。もし、本当に嫌いになったなら、お前のこと俺に頼んでいくもんか。あんな優しい目、するもんか。


 幾度も、あの声に、言葉に救われた。あんな風に励ます言葉なんて見つからないけれど、――一馬の言葉、借りるね。栞はやがて、穏やかに微笑んだ。


「いつもいつもタケルくんのこと優しい目で見てたよ」
「でもっ」
「タケルくんは、信じられない?ヤマトくん、どんな時だって、タケルくんのこと守ってたよ。傍にいたよ」


 怒ったシードラモンの衝撃によって島から落とされたタケルを守るため、自ら囮となってシードラモンを引き付けたヤマト。危険な目にあった時、いつも真っ先に助けに来てくれた『兄』。
 タケルの視線が地面へと向けられた。ふ、と体が前のめりになる。そういえば、以前も、この優しい体に抱きしめられた。頭に回る手に、自然とタケルの腕も、彼女の腰に廻っていた。


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