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 先ほどから続く悪寒が晴れない。足を動かそうにも、まるで氷水に浸かってしまったかのように、冷たくかじかむ指先が上手く動いてくれない。自分自身を抱きしめ、木に縋りついた。自然は何もしないからこそ、栞を包み込むように受け入れた。
 ――何とも言い表しにくい感情が心に棲みつき、離れてくれなかった。ズキズキと痛む頭を押さえながら、座り込む。


( 八神くんたちに、置いてかれ、ちゃった )


 けれど今の自分の体力と照らし合わせ考えれば、彼らの後を着いていくのは無謀ともとれる行動に近い。どうしてこんなにも体が寒くて仕方ないのだろう。頭が痛くて仕方ないのだろう。


「…これが、『守人』…なの?――こんなに、苦しいのが…『守人』…ッ?」


 頭の中には、冷たい感情しか湧きおこらない。残酷で思い出したくない過去ばかりが、脳裏を埋め尽くす。――父が死んだ日。おじとおばに苛めぬかれた日。叩かれた日。兄に、置いていかれた日。頭を押さえていた手を動かし、今度は耳をふさいだ。そんなものばかりを、見せないでくれ。
 頑張って幸せな日々を考えた。――一一馬が兄になると言ってくれた日。養子になった日。英士や結人を紹介された日。ピアノ塾で笠井と初めて言葉を交わした日。空に、声をかけらた日。イヴモンと――出会った日。それでも優しい過去を負の波が、ざぶんざぶんという音を立てて攫って行く。そして何もなくなった空間に、再び辛い過去のみで構築されていくのだ。


( もう、やめて――― )

「どうかしたのか」


 その時、猫なで声に似た声が、栞の耳に届いた。瞬間、一層の悪寒が体に染みわたる。体が音を立てて震える。何も考えられない脳内に、じんわりと闇が侵していくのが分かる―――「こないで…」ぽつりと栞の口から声が漏れた。それは、口角をにやりとあげて、一歩近づいた。ふわりと赤いマントが靡く。


「やだ、」


 栞の全身が、心が、全てがそれを否定する。思わず一歩下がるが、後ろは大木がそびえ立ち、栞は逃げ場をなくした。絶望的に瞳が開かれる。

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