067 きみが失った分だけ僕を拒絶する




「もっ、申し訳ございません!!」


 ピコデビモンの頭はひたすら地面へと擦りつけられていた。否、自ら擦りつけていたので、付けられていたと言えば語弊がある。
 彼は恐怖で己がどうにかなってしまいそうだった。それほどまでに目の前の存在が、彼を圧迫していた。


「そっ、それで『友情の紋章』が光り、ワーガルルモンに進化されてしまいました…!」
「なんだと」


 そこでようやく彼は声を出す。地を這うように、まるで世界の破滅を歌うように、絞り出された声に、ピコデビモンは震えあがった。


「あっ、あ、あの…!!」


 言い訳をしようと顔をあげた瞬間、目の前を黒が覆った。おそらく、コウモリのようなデジモンが幾重にもピコデビモンの顔と言う顔を突くように顔を突き刺していく。


「いたっ、痛い!た、助けて!!」
「自分のしたことの罪を思い知れ」
「畜生…!子供たち…覚えていろ…っ!!」


 ピコデビモンの瞳に闇の色が濃く映る。彼は身を翻し、空間の中へと消えて行く――「ピコデビモン」、その前に、ピコデビモンの名を呼んだ。


「はっ、はい!!」
「――『あの娘』――私の存在を感知している。…『あの娘』のもとには―――私が行こう」
「あの、娘…とは?」
「ふっ。『この世界』の『すべて』だ…」


★ ★ ★




 イヴモンは、栞が居ないことに真っ先に気づいた。太一と丈は未だ気づいていないが、後ろを歩いていた筈の栞が、いつの間にかいなくなっていた。思わず眉を寄せる。確か、別れる前までは一緒に居た記憶がある。その後も、気配だけはあったけれど、中々声もかけられなかったし、少し気まずい雰囲気であったし、そのうち声もかけてくれるものだと思っていた。それを、待っていた。


( …栞 )


 まだ、言うべきではなかったかもしれないという後悔が生まれた。彼女の心は、思っているよりもずっと繊細で傷つきやすい。あの時は切羽詰まっていたとはいえ、簡単に言うべきではなかった。
 ましてや、今は一人にすべき時ではない。ピコデビモンが動いているということは、アイツが始動したということだ。――デビモンよりも性質が悪く、栞を手にするためならば、どんな手でも使ってくるだろう。イヴモンは思わぬ苛立ちに、思わず目つきが鋭くなった。


「…太一」
「んー?どうしたんだ、イヴモン。…あれ、栞は?」
「ちョット具合悪くなっタみタイで、向こウで休んデいルヨ。僕ガついテルから、二人は先に行っテいテいいヨ」
「え。でも、」
「大丈夫だかラ。後で、全てガ片付いタら――迎エに来てクレる?」


 にっこりとイヴモンは笑った。
 勿論、栞の居る場所なんて、知りもしない。それでも、ここで太一たちの手を煩わせてしまうには、時間が足りなさすぎる。早く仲間を全員集めないと、アイツには太刀打ちができない。だから、イヴモンはにっこりと笑った。
太一は頭を掻いて、「なら行くけど。何かあったら、叫べよ?」そう伝えて、丈とともに――最後まで随分気にしてはいたけれど――山に向かって歩いて行った。


「…栞。君の心は――優しいからこそ、闇に侵されやすいんだね」


 イヴモンは踵を返し――浮いている状態だったが――、先ほどまでの場所へと向かった。

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