「―バカだよね、こんな」
「栞」
「バカみたい」


 栞は勢いよく振り返り、彼を視界に入れる。いつもだったら白く見える彼の姿は、赤く染まっていた。


「みんな、みんな、私の傍に居る人はいなくなる!お母さんも、お父さんも、――お兄ちゃんも!!空も……ッ!!いなくなるんだったら最初からいらないっ!!欲しくなんてないっ!!」
「栞、落ち着いて」
「生まれなきゃ良かったんだ、私なんて…ッ!!そうすればお母さんが死ぬこともなかった!!お父さんが死ぬことも、お兄ちゃんがいなくなることもなかったのに!!私のせいで、みんな、私の――ッ!!」

「栞!!」


 ふわりと何かに抱きしめられる感覚に、身が固まる。此処に居るのは、イヴモンと己のみだった。そして声も、イヴモンのものだった。なのに、今、己を包み込む感覚は、どう考えてもイヴモンではない。人間のような暖かさが、彼女の身に染みて行った。


「栞が居なくなることは、僕が許さない。僕が大好きな君を、君自身が否定なんてしないで。空が本気であんなこと言ったなら、僕は空を赦さない。でも、空はあんなこと言う子じゃない。それを、栞が一番よく分からなきゃいけないんじゃないか。ねえ、よく考えて。空の今までの行動は全部が演技なの?――違うだろ?全部、全部、真心こめて栞のために尽くしてくれたじゃないか。アイツに何か言われたか知らない。けど、アイツと空と。君は一体どっちを信じるの?君が真に信じなければならない相手は、誰なの?――空だよね?」


 強く、強く。その体は、栞を抱きしめた。


「空だって人間だ。人間は一律にみな悩むし、それなりに闇を背負う生き物だ。自分が抱えた荷物を誰にも打ち明かさずにいた空は、確かに本当の意味で仲間を信用していない。でも、全てを話すことだけが仲間じゃないだろ。知られたくない本当の心があって、はじめて、人間なんだ。今回は隠しきれなくなった思いが溢れだして、つい、口走っちゃっただけだよ。最初は空の言った通り、しぶしぶの付き合いだったかもしれないけど――君たちは長い人生の中で生きて行く。そして生きてきた。そこで育んだ友情は、偽物なんかじゃない。僕は、そう思う」 


 パチン、と音が鳴る。砂煙とともに、栞の傍から温かさが消えた。目を瞬かせ見つめる先には、真白い毛なみをした、いつもと変わらぬイヴモンが居る。


「…ふう、少し、力、使っちゃった」


 そう言って、彼は優しく微笑んだ。栞は戸惑いを隠せず、ペンダントを握った。「あれ――僕に隠された一つの力なんだ」と彼は少しだけ口元をあげ、呟いた。

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