070 千年以上の孤独




―――…あなた何者なの!?
―――…これはこれは。とんだところを見られてしまいましたね。紋章の話、聞いちゃいました?
―――…あなた、空さんでしょ?


 闇夜に浮かぶ月の下から、そのデジモンは現れた。コウモリのような容姿をしており、口元はやけに歪んでいた。直ぐに空もピヨモンも警戒心を強める。


―――…愛情の紋章ねえ?
―――…何がおかしいのよ!
―――…おかわいそうなあなた。本当の愛情を知らずに育ってしまった。


 ピコデビモンは、猫なで声を最上級まであげ、そっと囁いた。まるで全てを見透かすような甘い口調は、空の心の中に潜む小さな闇を、一身に曝け出す。彼女は目を見開いて、ピコデビモンを見た。


―――…『あの子』のことも、煩わしくて仕方ないのでしょう?
―――…『あの子』?一体何のこと言ってるのよ!空も、聞いちゃだめよ!
―――…本当の友達の『ふり』をするのは大層大変でしょうねえ。


 全ての苦悩を、剥き出しにされる。違う。そんなこと思っていない。首をふる空に、ピコデビモンはつつ、と近寄った。


―――…それじゃ、愛情の紋章は光りはしません。


 まるで、悪夢のような囁きに、空は身をゆだねるしかできなかった。誰も知りもしなかった己の闇を、彼は知っていた。否定しても、尽きることのない悩みが、彼の手によって暴かれる。もはや、そこは、闇だったのだ。


★ ★ ★




 ずしゃ、と栞は木の枝に引っかかって転んでしまった。じんわりと滲む血は、彼女の体内よりあふれ出たものだ。やはり、他人事のように感じた。身体に痛みはない。――その分、心の痛みは、何よりも彼女に突き刺さった。


―――…私には、愛が無いから…!
―――…でも、でも空はいつだって俺たちのことを考えてくれてたじゃないか!栞のことだって、いつも面倒見てて…!
―――…違うわ!!望んでやったことじゃない!!先生に頼まれたから…っ!栞と仲良くすれば、成績あげてくれるって…っ!!仕方なくって…!!本当は、鬱陶しくて、仕方なかったのよ!!


 目を瞑っても、繰り返される空の言葉に、栞は頬に爪を立てて思い切りかきむしった。痛みなどない。痛くなどない。


「――――ッ!!」


 苦しみを全て吐きだすかのように、嘆きを咆哮する。涙など、出なかった。本当の気持ちが、どこかへ消え去っていく。本当の『栞』を、見失ってしまうくらい、彼女は声を荒げた。
 だから、誰も信じたくなどなかった。裏切られた時、その分、辛い目に合うのは紛れもなく自分なのだ。それでも、友達だと笑う彼女に――騙されて、信じ続けた結果が、これだなんて。
次いで。栞は、笑みが漏れた。
 バカみたいだ。信じて、信じ続けた結果、こんな結末だなんて。


「ふふ、……ふ、ふふ」


 そして。涙があふれ出た。
 それでも信じていたかった。 始めて出来た、ともだちだった。


「…栞」


 栞は振り返らなかった。その代わり、口元には、柔らかな笑みを浮かべた。


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