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 太陽は満月へと変われば、青色の空は暗闇へと姿を変える。周りは暗くはあれど、月光りが照らす道があれば、恐怖など感じない。
 ピコデビモンは、今まで散々、これならいっそひと思いに殺してくれた方がマシだと思うような酷い目に遭ってきた。どれもこれも、全ては、少し離れた場所でスヤスヤと眠る選ばれし子供たちのせいだ。ピコデビモンには眠る暇すら与えられないというのに――理不尽な怒りや、せめて一矢だけでも報いたいという思いが最頂点へと達し、注射器を握った。これで一人でも仕留めることが出来たのならば、あのお方は自分を褒めて下さるに違いない。ぎらりと彼の瞳が怪しい光を放つ。――狙いは、空に、絞られた。
 その時、ピヨモンは異様な気配を感知し、目を開ける。少し顔を動かして――月明かりの下で鋭利に光る、針が見えた。


「ピコダーツ!」


 脳で考えるよりも先に、体が動いた。


「空ッ、あぶない!!」


 ピコデビモンの注射が投げられたのと同時、ピヨモンは大切なパートナーを守るために、彼女の体に覆いかぶさった。空はゆるゆると目を開けた。大きな注射は、ピヨモンの脇腹に突き刺さっているのが、見えた。


「ピヨモン!?ピヨモン!!」


 自分の腕の中で、ぐったりと倒れているピヨモン。己の全身が冷えて行くのを感じた。注射を抜いて、彼女の体を揺さぶる。ピヨモンの目が開くことはない。


「ピヨモン!!ピヨモンッ!!しっかりして…ッ!!」
「空…っは、…あたしが、…まも、る…」
「ピヨモン!!ねえ、ピヨモン!!」

「…ん?」


 太一たちが起きたのは、空の悲鳴が聞こえたからだった。一体何が起こったのか分からない。事態を把握するだけ脳が活性化していない。寝ぼける頭を何回か振って、目を開けて――「あー!!」とタケルが叫んだ。「ピコデビモンだ!!」指でびしっと刺され、ピコデビモンは焦った。ばれてしまっては元も子もない。慌てて逃げ去る。


「一体、何が…」


 キラキラと輝く白銀の満月は、美しさを秘めていた。いつまでも眺めていたいと思わせる月に――正反対の黒い靄が覆い被さった。照らされていた子供たちの頬に、影が落ちた。辺り全体が黒に包まれ、燃える焚火の炎だけが、子供たちの光だった。警戒する子供たちは、ただ呆気にとられてその光景を見ることしかできない。
 靄はどこからか吹き抜ける風に乗って、そのまま消えて行ったが――変わりに現れた白銀の満月は、爛々と光る深紅に姿を変えた。沸騰した己の中の血のように、そして、いつの日か見た栞の瞳みたいに、月は赤かった。

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