074 先に行って待ってて




「――というわけで、日本に繋がるゲートは城の中のどこかにあるはずじゃ」
「ヴァンデモンが僕たちのことをピコデビモンに任せっきりだったのは、ゲートを開く準備で忙しかったからですね」
「その通りじゃよ」
「でも、何してるんだろ、アグモンたち。俺たちの潜入の手助けをするために変装して軍に入隊したのはいいけど、一向に動きがない」


 子供たちは、高く聳える黒き城――ヴァンデモンの城まで到達した。今いる場所は城の塀のすぐ外側の林の中だった。
ヴァンデモンが日本へ行くために兵隊を募っているという話を逆手に取り、まずはアグモンとパルモンを入隊させ、彼等に隙が出来た時点で城へと潜りこむという作戦だった。
 この先に、ヴァンデモンがいる。どこまで続く闇のように、黒い心を持ったデジモンだ。栞は人知れず、あの時の恐怖で震えた。ふ、と空がその震えに気づいた。


「大丈夫よ、栞」
「…空」
「あなたは、私が守る。ね、ピョコモン」
「そうよ!空も栞も、あたしがまとめて守るんだから心配しないで!」
「…ありがとう」


 心から、ほっと暖かい空気が流れ込んで行った。栞は、小さく、微笑んだ。


「いいか、わたしの通信は場内まで届かんからお主たちだけが頼りじゃ!」
「任せとけっ!」
「ヴァンデモンの計画を阻止し、日本に居る仲間を守るのだ!」


 ゲンナイの期待を彼等は背負う。きっと。否、絶対、彼らならやり通してくれる。選ばれし子供たちは、屈曲という言葉を知らないのだ。
 アグモンやパルモンがやってきた。パルモンは塀の上から手をおろし、子供たちを引き上げる。――子供たちは、城の中へと、入った。
 アグモンとパルモンの働きのおかげで、彼等はすんなりと城内に潜入することができた。何せ広い城内である。これはバラバラになって探った方が良さそうということで、彼等は三手に別れ――決して一人にはならないと約束を交わして、再び合流することを誓って――その場を離れた。
 しかし、城内に入った瞬間、異様な空気に包まれていた。空間のベクトルが、あちらこちらに向けられている。上だと思っていたところは、実は下だったり、逆だったり。恐らく、ヴァンデモンの闇の力が強く働いているせいなのかもしれない。戸惑う子供たちは皆一律に思った。
 とりあえずそれぞれが情報を持って合流を果たした子供たちは、一様に重たい表情を浮かべた。


「ここ、かなり変ですよ。空間が歪んで、ねじ曲がっています」
「この世界が変なのは今に始まったことじゃないだろ」
「それにしても、ここは特別変だ。ヴァンデモンの力が強いせいかな…」
「嫌なこと言うなよ」


―――…ここに、作ろう。


 ぐわん、と妙な感覚が栞を襲った。頭痛がするわけではないが、何やら不思議な光景が目に映る。今見ているのは確かに色鮮やかな壁のはずなのに、栞の目に映っているのはセピア色で褪せた一つの扉。そして、石板だった。


―――…"汝カードの隠された意味を解き、それを示す鍵穴に置け。さすれば異界への扉は開かれん"。…これでどう?


 そして、風が吹き抜ける。今まで傍にいた仲間たちは一人もいなくなっていて、栞は、一人でそこに立ちつくす。慌てて振り返れば――一人の少女が、そこにいた。思わずペンダントを掴み、目を見開く。 己と、同じ顔。 少女は優しく微笑み、口を開けた。ぱく、ぱくと、金魚が餌を求めるように動く口は、声なき声を洩らす。え?と栞は思わず聞き返すように、少しだけ近寄った。しかし比例して、少女の体は遠くへと去っていく。いたちごっこのようで、終わりは見えない。


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