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禍々しい空気は未だ変わらず、栞は少しだけ顔色を曇らせる。どれほど自分が弱いのかを思い知らされ、胸が締め付けられる。それでも一馬や家族のために、頑張らなくてはならない。ペンダントを握りしめた。兄から譲り受けたこのペンダントは、いつだって栞の心の支えになってくれていた。城を見上げる。ここに、帰る術が、ある。
城内に入り込んだ子供たちは、扉の向こう側を徘徊しているデビドラモンを見て、眉根を寄せる。あの獰猛に輝く瞳と牙はいつ見ても不気味なものだ。このまま無暗に突撃するわけにもいかない。無駄に体力を使い、追い回されるのがおちだ。
「どうする?」
「まいったなぁ…」
太一は髪を掻きあげ、解決案を練った。このままここにいるわけにいかないことは分かる。しかし、どう突破すればいいのかが出てきてくれない。
「誰カガ囮になルしかないネ」
「でも…」
「そウデもシてアイツらの気を惹かなキャ、とてもじゃないけど石室までは辿りツケなイよ」
誰かを囮に使うということは、その誰かが傷つく可能性が出てくるということだ。悲痛に顔を歪めた栞に対して、イヴモンはいつも以上に冷静に言い放った。いつも栞に対してだけは優しく言の葉を紡ぐイヴモンですら、この状況の危うさを危惧しているのだ。
「ならワテに任せてんか!」
バッと飛び出したのはテントモンだった。直ぐに太一と光子郎は顔を見合わせ、頷いた。「栞」――太一に名を呼ばれ、栞はぎゅっと唇を噛みしめる。割り切らなければならないことくらい、分かってる。強く目を瞑ると、栞はただただ強い願いを講じた。ぱっと小さな光が、心内に灯る。
( 一馬を守るために。家族を守るために。お願い! )
その光はテントモン全体を包み込み、更なるデータを駆逐した。
「行きまっせー!!テントモン進化ァ!――カブテリモン!!カブテリモン超進化ァ!!――アトラーカブテリモン!!」
二段階進化を遂げたアトラーカブテリモンは、子供たちの向かう道を作る為、大きな閃光弾をデビドラモンにぶつける。その隙を見て、子供たちはデビドラモンの合間を縫って走った。アトラーカブテリモンの攻撃が城内に炸裂したため、城は激しい揺れを伴った。
「今のうちです!!」
光子郎の号通り、子供たちは先を急いだ。一匹が子供たちに向かってこようと体をひねった先に、アトラーカブテリモンが待ち受け、その体を己の赤い体で押しとどめる。「急げ!!」太一の声が城中に響き渡る。「フォーンブラスト!!」アトラーカブテリモンの攻撃が、デビドラモンを突き抜け、再び壁へと炸裂する。「うわあああ!!」再び沸き起こる激しい揺れに、子供たちは駆け下りていた階段から一気に転げ落ちた。栞は他の子供たちとは違う箇所に落ちてしまった。クッションとなるものがない床へと叩きつけられ、全身が痛む。
「栞ッ!大丈夫?」
「う、ん…へ、いき」
「モチモン!」
「どうしたんでっしゃろ…?」
「空間の歪みが直ったのかも!」
モチモンを抱きしめた光子郎の言葉に、デジモンたちも子供たちも歓喜した。「よし!一気に行くぞ!」「おー!」デビドラモンももはや追ってくることが不可能になり、更に生じていた空間の歪みも直りを見せた。そのままの勢いで一気に石室に走れば、何にも邪魔されないだろう。
栞はズキズキと痛む足を抑えながら走った。痛いのは同じように投げ出された子供たちとて同じ事。自分一人が泣き事を言うわけにはいかない。痛みを帯びる右足が、妙な腫れを含んでいることを、彼女はまだ気付かなかった。
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