041 崩壊寸前




「どこまで歩くのぉ?」
「エテモンが追ってこないところまで!」
「そんなところあるのぉ?」
「あることを願わなきゃいけないだろ。こんなところでエテモンに襲われちゃ、逃げ場所はないからな」


 深くため息をついたヤマトを見て、空は顔を下に向けた。エテモンの襲撃によって、子供たちの士気は下がり、すっかり弱気になってしまった。自分自身もずいぶん恐ろしい思いをしたのだ。仕方のないことだと言えば、仕方のないことだ。


「何だよ!しっかりしろよ、みんな!俺たちにだって紋章があるじゃないか!」


 一人だけを除いて、だが。彼は手に入れたばかりの紋章を高らかに振って、とても元気が良かった。太一は、先ほどからこんな様子だから、余計に他の子供たちのテンションが下がる。そんなことを、当人の太一は微塵も感じていないらしい。


「…だけど本当にそんな紋章で進化できるのか?」
「できるさ!なあ、アグモン!」
「うーん…」
「シャキッとしろよ、シャキッと!」
「あんまりシャキッとしすぎるト、アグモンバテるんじゃナイ?」
「うるさいなぁ!」


 イヴモンはもともと暑いのが苦手である故に、直射日光にめっきり弱いのである。今は栞が鞄の中に入れて庇ってくれてはいるが、それでも暑いものは暑い。心なしか口調も冷たくなっているのを、いくら鈍い太一でも気付くわけだ。ギロリと太一はイヴモンを睨み付け、それからアグモンの肩を掴んだ。


「今んとこ、もう一段階進化できるのはオマエしかいないんだから、オマエが先頭に立って頑張ってくれなくちゃ!」
「八神くん、」
「なんだよ?」


―――……そんな風に言ってしまったら、アグモンはプレッシャーに感じてしまうのでは。


 太一の自信に満ちた顔を見れば、栞は何も言えず、無理矢理その言葉を飲み込んだ。視線を斜め下におろし、首を横に振れば、太一は怪訝そうに眉を寄せたがまたすぐにアグモンに向かって熱く語り始めた。
 ため息をついたのはヤマトで、隣の栞は不安気な視線を彼に寄せた。


「太一、熱くなりすぎてんな」
「…うん」
「ムチャしなきゃいいけど…」
「もうこの天気だけでも鬱陶しいのに、太一さんも暑苦しくてたまんないわよーッ!」


 帽子を深く被り直したミミが悪態を付くが、その言葉は正論のような気がして、子供たちはみんな苦笑だけを浮かべた。決して賛同はしない、それがもう大人である証である。


「ところで、どうやったら次の進化ができるのかだけど」
「それは…これまでの進化で分かっているのは、進化には大量のエネルギーを消費するということですね…。まあ腹ペコの状態だと進化できませんでした。それからパートナーが危険になった時ですね」
「アト、進化にハ守人の力も必要だヨ」


 その言葉を聞いた瞬間、太一の顔が何かを閃いた顔になり、腕を組んだままアグモンをじいっと見つめた。


「……」


 その様子を見守っていた栞は、アグモンの表情が困っていることに気付く。しかし何か言いたくても、否言おうとしても、今の太一には到底通じそうにはなかった。


「う〜、う〜!」
「ほら、次はこれだ!」
「あ…、」
「無駄ですよ、栞さん。今の太一さんには僕たちの声は届きません」
「全くバカなんだから」


 アグモンの苦しそうな声が響くなか、栞が止めようと腰を浮かせたのを、光子郎は首を横に振って止めた。そうしている間にも、太一は次から次へとアグモンの口の中へ、果物を放り込んでいった。


「う〜…、も、もう食えないよぉ…」
「ダメだ!食えったら食えーッ!」
「だ、だって…」
「いいか?みんなが貴重な食べ物をオマエにくれたのは、オマエの進化に期待しているからだ!そうだよな、みんな!」


 きっかけは、栞がアグモンに食べ物を分けてあげたことだった。あんまりお腹も空いていなかったし、エネルギーを必要とするのならば少しでも多く食べた方がアグモンの進化へと繋がるだろうと思ったからだ。しかし逆にその行為が太一に火を付かせたのか、みんなの食べ物をかっさらうようにアグモンの口の中へと放り込み始めたのだ。


「…私のせいだよね…」
「栞さんのせいじゃないよ?」
「…でも、アグモンが…」
「太一が間違ってるのよ。それに食べ物をあげたと言うよりは、取られたという方が…」
「でもオレたちじゃ上の進化はできないし…」
「働かざる者、食うべからず、か…」

「えー?何だって?聞こえないよ、そうなんだろ?」


 子供たちが一斉に深いため息をついたのが聞こえたのか、太一はわざとらしく後ろを振り返り、耳に手をあてた。

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