「クソォ、進化だ!進化するんだ、グレイモン!」


 遣る瀬無い思いだけが太一の中をぐるぐると渦を巻く。タグと紋章があれば、次なる進化ができる。ならば、あんなグレイモンなんか自分たちの敵ではないのだ。


―――…早くしないと!


「…このままだとまずいですよ」
「ホンマ、進化せんとやられまっせ!」
「進化だ!グレイモン!!進化しろ!!」


 紋章を握り締めて叫ぶ声は、まるで何かにすがるようでもあった。栞は少しずつ近づく何かの足音に、そのまま頭が割れてしまいそうな感じさえ否めなかった。


「む、無理だよ…っ!紋章は何の反応も示していないもん…、無理にしたら…!」
「無理なもんか!…栞、オマエこそちゃんと祈ってるのか!?オマエの力がなければ、進化はできないんだろ!?」
「…わ、私、」
「ちゃんとしてくれよ!」


 罵声にも似た太一の声に、栞はぎゅっと心臓を掴まれたような気分になった。様々な思いが、胸に降り積もる。ぎゅう、と服の裾を掴んで、俯く。その姿に太一は苛立ちを感じたのか、舌打ちをしてから、再びグレイモンの方を向いた。


「グレイモン、オマエなら出来る!進化できる自分の力を信じるんだ!!」


 ――…泣きたくて、仕方なかった。
 目尻に浮かぶ涙を、誰にもばれたくなくて、急いで拭う。自分のせいで、グレイモンはその先に進化ができないのだろうか。自分の力が足りないから、グレイモンは。そして、ホカの紋章が見つからないのだろうか。


「栞、」
「……わ、たし、」
「栞のセイじゃなイ。そレは太一が一番分かッてるハずダヨ」
「……」
「男の子って、ああいう状況になると、周りが見えなくなるのよ」


 何時しか空の手が、栞の手を包み込んでいた。いつも、栞は空とイヴモンに慰められていた。それでは何も変わらないと分かっていながら、その優しさに縋ることしかできなかった。


「いつもより動きが鈍いな…」
「おそらく食べ過ぎて体重が重いんですよ」

「グレイモン…!」


 悲痛な太一の声に、栞はグレイモンの方を見やる。ちょうど偽物グレイモンにしっぽを掴まれ、投げられている。目を瞑りたくなる衝動をぐっと堪えた。その時、彼女は視界の端で、何かが動いているのが見えた。よく目を凝らして見てみると、それはデジモンのようだった。


(あ、れ…)
「ああ、危ない!」


 グレイモンのピンチに、ゴマモンは彼の得意技である「マーチングフィッシーズ」を繰り出した。それは訳も分からない場所から現れて、グレイモンたちではなく、栞が見つけたデジモンのところへと向かっていった。もちろん予想だにしていなかったことに、ゴマモンはおろか、そのガジモンもついていけていない。彼が持っていたものはマーチングフィッシーズのお魚が持ち去り、ガジモンは遠くへと投げ飛ばされた。

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