「栞さん、行きたいんでしょ…?」
「タケル、くん」
「僕とパタモンなら平気だから、空さんのとこ、行ってきて大丈夫だよ!」


 伏せている分、視線の高さはそこまで変わらない。むしろタケルの方が高い位置にいて、彼の方が年上ではないかという錯覚にすら陥る。栞は小さく俯いた。その手を、小さく暖かいタケルの手がつかむ。


「だめだよ、栞さん。自分の気持ちに、素直にならなきゃ」


 いつでも助けてくれた空。その空が、傍にいない哀しさ。まるで最愛の兄を失った時と同じように、心が欠落していく闇の深さ。
 冷たい部屋の中で1人蹲っている幼い自分を、奮い立たせたのは、自分よりも小さなタケルの言葉だった。


「栞…ピラミッドの中ハ僕憶てエるシ…行ケるヨ?」
「イヴモン、…」
「僕は大丈夫だから!…ね?」


 にっこりと笑った顔に、心が解かれていく気さえした。栞は自ずと頷き、布の中から小さく抜け出す。


「気をつけてね、栞さん!」
「タケルくんも、…気をつけて…」


 自分から拒否をして、自分から求めた光を、再び突き放した。それでも、暖かさに溶け込んだ己が、もはや冷水の中に浸かる事は出来なかった。守りたい。黒い感情よりも、白い感情を心の中に埋めつける。 守りたい。(…本当にですかー?)誰かの声が頭の中で反響する。イヴモンの声と同じようで、少しだけ意地の悪さを含んだ声。(あなたの心は、あなただけのものなんですからー)栞は顔をあげてピラミッドを見つめた。守りたい。(…あなたが望むのなら、もちろんできますよー?)守りたい。


―――…しゃららん!


 遠くのどこかで、鈴の音が、響いた。


17/07/26 訂正
10/12/07


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