056 何より強く何より弱い




「…思わず出てしまいましたよー」


 4本の連なる柱の隙間におかれた小さな水晶玉を覗きこんで、彼は呟いた。皮肉染みた声は少年のように高く、白い身体はまるで何かを彷彿させるかのようだった。鋭い風にも負けず、彼はただそこに座っていた。


「危なっかしいったらありませんねー…。『俺』の出番はもう少し先なんですけどねー?」


 新緑にも見紛う瞳が怪しく輝き、水晶玉の中へと溶け込んだ。


★ ★ ★




 少しだけ荒い息を吐きながら、栞はピラミッドの中を走っていた。エテモンに気づかれる前に、太一や光子郎と合流しなければならない。彼女の体調面を気にしたイヴモンは何度か身を案じるような発言をしたが、全て厳しい表情の中に消える。今は彼女自身のことよりも、先に到達する方を優先して考えなければならない。不思議と恐怖の感情はなくて、地図を記憶しているイヴモンの説明を受けながらただひたすらに走りつづけた。
 その時、直ぐ近くの場所で爆発音が響いた。栞は目を見開いて振り返り、ペンダントを握りしめる。


「…先ヲ、急ごウ」


 小さな手が栞の手に触れ、暖かさを直に感じた。栞は少しだけ戸惑い、やがて大きく頷いた。通路に当たる度に壁の影に隠れ、誰もいないことを察知すると素早くその間をかけて行く。今までにないくらい機敏に動いていたと思う。
 しかし体力の方が気持ちに追いつくことがなく、階段に差しかかったところでがくりと膝から落ちそうになり―――強く腕を引かれた。


「っ!?」
「なんで、お前、ここに!」


 エテモンかと振り返れば、そこにいたのは恐らく同じような顔をしている太一だった。安堵の息と一緒に声を洩らせば、太一は立ち直らせるように支えてくれる。栞は少しだけその行為に甘え、壁に手を着いてから自分で足場を確定させた。


「あ…、ありが、とう…」


 昨日の気まずさもあり、語尾がほとんど消え去っていたが、太一はそれよりも少しだけ厳しい表情で栞を見ていた。少しだけ恐怖がよみがえり、小さくペンダントを握りしめた。


「っお前はあそこにいなきゃだめだろ!空は俺が助けるから、だから…っ!」
「…戻れ、って…?」
「ああ、そうだよ。だから!」
「やだ…よ」
「栞!?」
「…昨日は…、ごめんなさい…。あの場にいなかったのに、八神くんばっかり責めた…。何もしてない私が、言える言葉じゃない、のに…。だけど…っ、だから、もう何もしないで守られてるだけはやだよ…!っ私だって、空を助けたい!!空は私の初めての友達なんだもん…!!空がいたからここまで頑張れた、空のおかげでここまで頑張れた!だから空を助けたいのは八神くんだけじゃない、なんでわかってくれないの…!?」


 ぽろりと涙が溢れた。はじめて、心から自分の気持ちを『友達』にぶちまけたような気分さえしている。わあわあと泣いてしまった栞に、太一は呆気にとられ、困ったように頭を掻いた。

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