ずっと好きだったの。中学の頃から。そう告げる先輩の顔は赤味を帯びていて、とても愛らしく思える。口唇は小刻みに震えて、緊張していることが伝わってきた。あーあ。こつんと壁に頭をぶつける。失恋かよ。しかもよりにもよってこんなシーン目撃するとかねえわ。ふっちまえ。ふれよ、頼むから。脈打つ心臓はテニスをしている時よりも早く俺に告げる。しかし俺の願いに反して、そいつは、俺も、と。あーっくそっ!なんでそこにいるのが俺じゃないんだよ!先輩だってちょっと俺のこと気にしてるみたいな節あったじゃん。悔しくなって思わず髪をかきむしった。奥からは二人の華やかな声が聞こえて、胸糞が悪くなる。当たり前のことだが、それ以上その場にいることが出来ず、俺は足早にそこから立ち去った。それからしばらくの間俺の機嫌は最高に悪くて、随分先輩たちにはあーだーこーだ言われた――ぱちりと目を開けた。姉貴が俺の肩に手をかけているところから、揺り起こされたらしい。ねみー…。つーかヤな夢見た。もう1週間前のことになるのに未だむかむかする。



「赤也、何してるの。ぼけっとして!時間ないんだからさっさとして」
「うっせーな!分かってるっつーの!」
「ちょっと!何よ、その態度!」



イライラしてんのにヒステリックな声出してんじゃねえよババア!そう言いながらガラリと車のドアを開けた。しかも制服だから動きを制限されて余計にかったるくなる。あーあ、と伸びをすれば、「赤也早く!!」ぎゅむっと手首をすげえ力で掴まれた。だからコイツ彼氏できねえんじゃねえの!?この怪力女!!ああいえばこういうとはまさにこのこと。俺がぎゃーと騒げば、倍になってぎゃー!!と言い返される。



「アンタたち!!うるさいわよ!」
「子供じゃないんだから少しは静かにしてなさい。今の状況を考えろ」



母ちゃんも十分うるさかったけど、父ちゃんが静かに言えば俺たちは何も言えなくなった。車を降りて細い路地に入る。家の前まで車で行けねェってどんだけだよ。つーかマジなんにもねえな。所々に街灯があるだけ。うっわ、田舎すぎる。はやく帰りてぇ。…けど帰りたくねえ。だって先輩はテニス部のマネだし。別に先輩は俺に対して何とも思ってないから、気まずいのは俺だけなんだけどさ。けどあんな嬉しそうな顔して話しかけられる身にもなってみろっつーの。マジでへこむ。あーもう絶対恋なんかしねぇ!中学まではテニス一筋で何とかやってこれたし、これからだって俺はテニス一筋でいける。…テニスやりてー。



「あら、さっちゃん?」



ポケットに手を突っ込みながら歩いてたら、不意に聞こえた母ちゃんの声に俺は前を見る。じいちゃんの家の隣の家から出てきた女に、声をかけていた。…俺と同じくらい?ま、興味ねぇけど。胸ポケットから携帯取り出して開ければ、二通のメールが入ってた。あ、車乗ってから気付かなかったわ。えーと…丸井先輩と仁王先輩だ。サボりじゃねえっつってんのに、この人たちは何を疑ってんだ。まったく。俺は仁王先輩と違ってさぼったりしませんよ――仁王先輩に送信。だからじいちゃんの葬式に田舎に来てんですってば彼女とかないっすから――丸井先輩に送信っと。



「あ、おばさん。久しぶり」
「大人っぽくなったねぇ」
「ははっ…。もう高校生だもん」
「そっかあ。あ、赤也と同じだっけっか」



ぱたん、と携帯を閉じれば、二つの視線が俺を見ていた。一つは母ちゃんのもので、もうひとつは―その女のものだった。けれど目が合ったのなんてほんの一瞬で、気付いた時には、そいつの視線は俺から直ぐに外れていた。態度わりーな。つーか何で母ちゃんこいつのこと知ってるわけ?――まあ母ちゃんの実家の隣の家の子、だから、知ってんのか。姉ちゃんもしらねーみたいだけど。



「お母さんはもう中にいる?」
「昨日から手伝ってる。山田さん家もいるみたいだよ」
「あら、そうなの。申し訳ないわね」
「隣組だから全然。むしろ為吾郎おじいちゃんにはみんなお世話になったから」
「そう言ってもらえるとおじいちゃんも喜ぶよ。さっちゃんはどっか行くの?」
「うん。ちょっと散歩してくる」
「そう。変な人には気をつけてね」
「ここら辺にはいないよ〜。それじゃあ、おばさんたちも無理しないでね」



俺の興味なんて前半の部分でとっくに薄れていて。先輩たちからの返信メールを見ながら、早く家に入りてぇなんて考えてた。話が終わったのか、すいっとそいつが母ちゃんのとこから離れ、俺の横を通り過ぎた。また、一瞬だけ目があった。そして直ぐに逸らされる。ポケットからウォークマンを取り出し、イヤホンを耳につけ、そのまま曲がり角を曲がっていった。変なヤツ。更に無愛想なヤツ。にこりともしなかった。ま、それは俺も同じなんだけど。



「赤也、何してるの。入るわよ!」



そんな母ちゃんの声が聞こえるまで、ずっとそいつが消えてった方向を見つめる俺がいた。――先輩は、初めて会った時から笑顔だった。俺が切れて暴れて副部長や部長に叱られると、いつも優しく慰めてくれた。ほんとうに、好きだった。言っちまえば良かったのかな。好きだって、思いをぶちまければ、あるいは。今さら考えても後の祭り。だから後悔しか残らない。こんなに悔しいって思ったのは、あの夏以来だった。



夏の残像
後悔を知らず生きてきた

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