カゴいっぱいにうまい棒を突っ込み、その上にのしいか、さらに酸いかやあたりめ、こうめちゃん、サラミなどを入れて箱の上においた。暖簾を押して顔を覗かせれば、台所ではおばちゃんがせっせと片づけをしていた。


「くださーい!」


いつものように口元に手をあてておばちゃんを呼べば、くるっとこっちを振り返って、ふくよかな頬に笑みが浮かぶ。家の近くにある店と言ったらこの駄菓子屋さんしかなくて、ちっちゃい頃から毎日のように通っていた。とは言っても高校に入ってからはめんどくさかったり、あまり家から出たくないという理由から来なくなったのだが、最近は散歩がてらお菓子を購入して海で食べる、ということがお気に入りのため、また通い始めた。
おばちゃんは水仕事をしていたのか、前掛けで手をふいて、店の方へとおりた。


「いらっしゃい。咲紅ちゃん」
「おねがいしますっ」
「はいはい」


おばちゃんは基本的にレジを使わない。必ず置いてある算盤を使って計算していくのだ。とは言っても所詮は駄菓子。30〜50円くらいのものだから、簡単に出来てしまうのかもしれないが。一つ一つ駄菓子を確認していきながら、算盤を駆使する姿にはいつ見てもさすがと思わずを得ない。


「380円ね」
「380円…えーと…500円…あったあった。はい」
「はい、500円からね――為吾郎さん、亡くなったんだってね」
「うん。昨日の朝、急にだって。一昨日まで元気だったから、吃驚した」
「一昨日、確か来たんだよ。ここにも。だからおばちゃんもビックリ」
「為吾郎おじいちゃん、ここの牛乳好きだって言ってたから」


おばちゃんから120円のお釣りをもらって、財布にしまいこむ。「寂しくなるね」なんて悲しそうに言うおばちゃんに、私も視線を下に向けた。また一人、敬愛すべきご老人がこの世を去った。特に為吾郎おじいちゃんは一時期区長を務めたこともあってか、顔も広く、近隣のひとたちから慕われていた。祭りの時期になると人一倍張り切ってたから、余計に。



「じゃ、また来るね」



でも、ずっと悲しんでいたら、為吾郎おじいちゃんに失礼だから。それに、約束したから。私は小さく笑って、駄菓子屋をあとにした。
そういえば――と先ほどの光景を思い出す。おばちゃんに会ったの久しぶりだったな。前会ったのは中2の時、だっけ。同じ年の息子がいるのは知っていた。それは本当に小学校の時の記憶でしかないのだけど、おばちゃんが里帰りする度にいた。特に喋ったこともないのだけど、為五郎おじいちゃんがずっと話していたから私自身はよく知っている。中学生になってからはおばちゃんとおじちゃんくらいしか来なくなったし、顔はすっかり忘れていた。カッコイイといえば、カッコイイ。高校には特にイケてる男子がいないから、基準が分からないが、おそらく都会寄りの少年だろう。着崩した学生服が妙に似合っていた。
自販機で烏龍茶を購入して、駄菓子屋から真っ直ぐ向かって歩いた。キラキラと光る太陽に反射した水面は揺れ、いつ見ても美しく広がる海原がある。毎日見ていても、軽快な風景には心が惹かれる。砂浜も好きだけど、やっぱり岩場の方が心安らぐ。階段をおりて大きな岩へと飛び移る。次は小さな岩―これはぐらぐらするから気を付けてっと。ぴょんぴょんと岩から岩へと移って、最終的には海の前の大きな岩に腰をおろした。ここは私と幼馴染の特等席で、幼い頃はよくここでおままごとなどをしたことを思い出す。



「ふー…」



夏場だから熱いっちゃー熱いんだけど。サンダルを脱いでパシャンと水に足をつけた。気持ちいいなぁ。水をけ散らかせば、周辺に岩にぴちゃぴちゃと飛び散った。「あっつ」日差しを遮るものが何もないから余計に私自身に日差しがあたるんだろう。もう慣れた。ウォークマンの電源を入れて、曲順をランダムにする。ごろん、と寝転がると、先ほど買ったお菓子の袋ががさりと鳴った。



「おじいちゃん、」



目をつむれば、しわくちゃの笑顔が瞼の裏に浮かぶ。
本当の孫のように接してくれていた。私はおじいちゃんが幼い頃に亡くなってしまっていたから、為吾郎おじいちゃんは本当に私にとってのおじいちゃんだった。お母さんもお父さんも共働きだったし、おばあちゃんしか家にいなくて、でもおばあちゃんは耳が遠いから私の話相手はできなかった。そんな時、為吾郎おじいちゃんにいつも相手をしてもらっていた。おじいちゃんはハンサムで、頭もよかった。たくさん勉強を教えてもらった。学校では教えてもらえない知識も教えてもらった。昔の遊びを教えてもらった。誕生日プレゼントをもらった。だから為吾郎おじいちゃんの誕生日プレゼントに、お母さんと一緒にケーキを作って渡したら、泣いて喜んでくれた。たくさんたくさん、おじいちゃんからもらった。



「……っ」



泣かないって、決めたのに。おじいちゃんに失礼だから、約束したから、泣かないって、決めたのに。次から次へと涙は溢れてくる。たくさんの思い出を、おじいちゃんからはもらった。目もとで腕で覆えば、太陽の光はさえぎれ、零れる涙は最小限に抑えられる。ただ零れ落ちた涙は横から垂れ流れ、岩の上へと落ちた。



「…う、っうう、」



本当は信じたくなんてなかったから、まだおじいちゃんの顔は見ていない。お母さんたちは最後まで安らかに笑っていた、って言ってた。苦しくなかったのかな。それなら、いいんだけど。



「…あ、」



その時、上空から聞こえた低い声に、私は思わず飛び起きる。この岩場は地面よりも下にあり、その上は駐車場になっているから、たぶん駐車場に人がいるんだろうけど――「あ、」と私も思わず呟いた。その人の、猫のような瞳と合う。ワカメのように風に靡く髪は、以前見せてもらった為吾郎おじいちゃんの若い頃と、そっくりだった。


夏の残像
見送ることを許してください

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