告別式は滞りなく行われ、そして終わった。たくさんの人が為五郎おじいちゃんとの別れを惜しみ、写真の中の笑顔のおじいちゃんを見送った。別れの手紙なんてものを孫であるお姉さんや赤也たちが読まされていたが、私の方がきっと濃い内容の手紙が書けたのに、と少しばかり醜い嫉妬をしてしまって、すぐに反省した。そういう問題でなかった。どれだけ近い距離で過ごそうが、やはり血のつながりには勝てないということだ。―それでもなんとなく悔しいから、あとで赤也に何度も言葉が突っかかっていたことをからかってやろう。
そしておじいちゃんを弔う事柄は、納骨しに墓地へと身内が行くのみとなった。バタバタとおじいちゃんの親戚たちが動く中、ただトキおばあちゃんだけがいつもの居場所に座ったまま動かなかったのが目について、私はそそくさとおばあちゃんに近寄る。


「トキおばあちゃんは行かないの?」
「そうだねえ、墓地の坂は急でおばあちゃんには辛いから、おばあちゃんはここでおじいちゃんをみおくるよ。ずっとそうしてきたしねえ。この家で見送ってあげなきゃね」


しわくちゃの顔を崩して笑うおばあちゃんの目尻には、数え切れないほどの思い出を詰まらせた涙があった。


「さっちゃん、ほんとにありがとね」


同じようにしわくちゃの手が伸ばされた。その手があまりにもか細くて、泣きたくなるのを必死にこらえて、その手を握りしめた。「大丈夫だよ」墓地に行った人々を除いて、残っているのは後片付けを行う女衆人だけになったから、人口が減った家屋の中に私の声は響く。


「トキおばあちゃんにはこれからも私がいるからね。おじいちゃんの変わりにずっと傍にいるからね」
「ほんとにさっちゃんは優しい子だ。おじいさんも喜んでるよ。ほんとにありがとねえ」


一言、一言を噛み締めるようにおばあちゃんは私に言う。

その時だった。

カタ、と何かが揺れた。カタカタ、とまるで地震のように電気の紐が揺れる。地震かな、とテレビの方を見るも、特に速報は流れていない。


「ああ、おじいさん、行ってらっしゃい」


小さな声が耳元を掠める。おばあちゃんが、優しい声で、わらっていた。
ああ、そうか。為五郎おじいちゃんか。妙にすとんと胸のうちに落ちた声に、私は少しだけ涙をこぼした。


「咲紅ー」

「……お母さんだ。じゃあおばあちゃん、またね」
「うんうん、さっちゃん、ありがとねえ」


母に名を呼ばれたので、繋がれた手を離すと、その暖かさが少しだけ名残惜しかった。
台所で切り盛りする女衆の筆頭にいた母のもとへと駆け寄れば、母は財布の中から数枚のお札を取り出して私に渡した。なに?お小遣い?ときょとんとする私の頭を叩いて、「もうアンタはすることないから、夕飯のお弁当買ってきて。何でもいいから」と言ったのだった。


「えっ?私が?歩いて?」
「そうよ、お母さんまだ片付け終わんないし、お父さんもうお酒飲んでるから行けないし。どうせ明日からも休みで何にもないんだから行ってきて」
「まじか」
「はやく行かないとお店しまっちゃうよ」
「さすがにまだ大丈夫すぎる」


しぶしぶお札を受け取り、ポッケにしまい込む。大丈夫だよ、家戻って財布持ったらきちんと財布にしまうから。
ここからコンビニまでは車で10分程、歩いていったらその倍以上かかるだろう。坂侮りがたし。だがコンビニへ行く途中に若干大きめなスーパーがあるので、大体徒歩の時はそちらに行くことが多い。まあ歩いて行動することなんて滅多にないけど。行きは登り坂だからやっぱ10〜15分くらいかかるかな。しかも田舎あるあるとしてはお店は大抵20時でしまるからちんたらしてる暇はない。まあ今まだお昼過ぎなんだけどね。


「余ったお金でお菓子でも買ってきな」
「はぁい」


近所のおばさんたちと母の咲紅ちゃんはほんと素直でいい子ねぇ、それしか取り柄ないのよ、なんて会話を背中越しに聞きながら玄関に向かう。
正午をすぎ、太陽は登りきっていた。ジリジリと焼け付くような日差しが家の中まで侵入してきていて、既に心は折れかけている。小さなため息をついて、あ、と後ろを振り返った。


「おばあちゃん、何かいるものある?買い物行くから買ってくるよ」
「ううん、大丈夫だよ。……ああ、さっちゃん、ほらお小遣いあげるからこれで好きなもの買っておいで」
「えっ!いいよ、大丈夫!お母さんからもらったお金あるから平気だよ」
「遠慮しないで、ほら」
「うう、……うん、わかった。ありがとう」


渡された千円札をしっかりにぎりしめる。おばあちゃんが小さくたたんだそのお札、渡された瞬間から、それで何を買うか決めたんだ。
家に帰っていそいで洋服に着替えるためにTシャツに手をのばし、はた、と思い出したことが1つ。

―そういえば、なっちゃんち、マック行くって言ってたよね?

思わず手がとまる。 先輩の彼氏と2人だけだと気まずいからと誘われた昼前、おじいちゃんの告別式に出たいからと断ったのはまだ数時間前のことだ。
私が今から行くスーパーにはマックも併設されており、学生のたまり場となっていた。学校から近いのかと聞かれれば答えはノー。高校からは歩いて30分以上かかるけど、ここ以外でマックといったら電車で30分行ったところにしかないので必然と人は集まる。このマックが出来た当初、私はまだ小学生だったので、ずいぶんはしゃいだものだ。へへん、うちの方が都会!なんて妙に威張ったものだ。


「もう、帰ったかな」


Tシャツを片手に時計をチラ見した。
だらだら話続けていたら恐らくまだいるであろう時間帯。うーん、と唸って数分。


「……山本先輩も一緒だよなあ」


憧れの先輩。
おじいちゃんと天秤をかけて一瞬揺らぐほどの存在になる人。そんな人の前でTシャツジーパンなんて可愛げもない格好できないし、もしかしたらいないかも、いやいやまだいそう、なんて押し問答を繰り広げてさらに数分。
ちら、とタンスを見て、引き出しをあける。自分としては若干難易度高めの洋服。んんん、でもこれ着てって、たかがスーパー行くくらいで気合い入ってるとか思われるのもいやだなあ。―赤也だったら何も気にせず、私はTシャツジーパンを選択しただろう。彼も気にも止めなさそうだ。なんて、また思考に入り込んでくる彼に私は首を傾げるしかなかった。


「……よし、行こう」


考え抜いた結果の洋服に着替え、私は勇んで太陽のもとスーパーへと歩き出したのだった。





ひーふー、なんて息を吐きながらたどり着いたスーパーの中は天国かと間違うほど涼しくて、少し休憩してから弁当売り場に行こうと決め、休憩所に向かった。
夏休みのせいか中は人でごった返しになっており、そこまで大きくもないスーパーの端っこに追いやられた休憩所も、その狭さの中に人が溢れかえっていた。まじか。はあ、と1つため息をついて、仕方ない弁当売り場に向かおうと踵を返したとき。


「あれ、咲紅ちゃん?」
「えっ、あっ、ほんとだ、咲紅!やだ、来たの?」


という声が聞こえ、私は振り返る。休憩所の端っこのテーブルを陣取ったメンツは、先ほど学校で別れた人たちだった。―やっぱりいた、予感的中で苦笑がこぼれる。なっちゃんは頬を赤らめながらにこにこ笑って立ち上がると私を手招きしたので、素直に応じる。その際、ぺこりと頭をさげることを忘れずに。なるたけ、先輩の方を見ないようにしながら。


「来るなら連絡くれればよかったのに」
「や、お母さんに頼まれてお弁当買いにきただけだから……」
「そうなの?あ、告別式、終わった?」
「うん、無事におわった」


席は三つで埋まっていたから私は立ったままなっちゃんと話をしていれば、急にがた、と音がしてそちらに目を向けると先輩が立ちあがり、自分が座ってた椅子を指さした。


「咲紅ちゃん、どうぞ」
「えっ、あ、いいえ、大丈夫です!は、はやく帰らないと、怒られるし……」


嘘をついた。お母さんにはやく帰って来いなんて指令は出されていない。
スマートな先輩の動作に慌てて首と両手をふると、先輩は優しく笑ってくれた。胸がきゅん、て高鳴る。心臓がぎゅ、て掴まれる。たったそれだけが、こんなにしあわせ。


「それにしても人すげーな」
「どこも行く所ないからみんなここに来るんだろうな」
「あーあ、はやくここから出ていきたいなあ。遊ぶとこもねーし、つまんねえし。ほんと田舎」
「言ってる間だろ。どうせ来年には卒業、大学行くんだし」
「まあな〜。……あっ、心配そうな顔してる。大丈夫だって。遠恋になっても夏海の彼氏は俺だから。な?」


何気なく、他愛のない先輩たちの会話。
「じゃあ、私は、これで」ぺこりと頭をさげる。少しでも早く立ち去りたかった。大好きな先輩のもとでも。笑えなくなる前に。


「うん、あ、また連絡するね!」
「じゃあね〜」
「暑いから気をつけてな」


その言葉に振り返る。変わらず優しい先輩に、私は果たして笑えただろうか。
その時、なんとなく、赤也に会いたくなった。彼に会ったら、きっと笑える気がしたんだ。こんな話じゃない他愛もない話が出来る気がしたから、彼はここの人じゃないから、きっと。


夏の残像
愛ゆえの笑み

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