押入れにしまわれていた少し古ぼかしい小ぶりなアルバムを見つけた。少しばかりホコリをかぶっていたので、払ったら、噎せた。喉に張り付くようなホコリをごほんと咳払いで誤魔化した。



「じいちゃんの…だよな」



茶色っぽい表紙、いかにもじいちゃんのっぽい。今まで見たことねえけど―無事火葬場から帰ってきた俺は、告別式が始まるまで時間があるが、案の定邪魔だと言うことでまた二階に引っ込んでいた。じいちゃんとばあちゃんだけの生活になっていたこの家で、二階は大体物置と化していたから、こんな時はすげえ荷物であふれかえっている。
「げほっ、」右手でもう一回ホコリを払って、アルバムを開いた。目に飛び込んできたのは、じいちゃんのちょっと不格好な文字で、「赤也、4歳」と記されていた。小さな――確かに俺がじいちゃんの膝の上に乗っている写真だった。4歳っつーと…10年以上前だよな。それだけじいちゃんだって若いっつーことで、…確かに俺、じいちゃんに似てる。まだ髪がふさふさなじいちゃんは、俺と同じ毛質らしかった。俺のこの髪はじいちゃんから受け継いだものだったのかよ、ちくしょう。
写真はほとんどが俺や姉貴のものだったが。年を重ねるにつれ、俺たちの写真は減っていった。逆に、違うやつのものに変わっていく。「さっちゃん、8歳。誕生日」。俺が座っていたその場所に、違うやつが座っていた。――それは確かに立花だった。大きなバースデーケーキの前にじいちゃんが座り、その上に笑顔で座っているアイツの写真。…孫、顔負けじゃねえのってくらい、じいちゃんもばあちゃんもいい笑顔だった。だから余計に思った。なんで、やっぱ、こいつが孫じゃなかったんだろ。
ぺらり、ともう一枚めくろうとした時、俺の耳にどすんどすんと大きな足音が聞こえた。その足音の持ち主を俺は知っている。うんざりとそちらを見れば、予想的中、鬼のような形相をしたゴリラがそこにいた。



「赤也!あんた余計に散らかしてんじゃないの!?」
「…あー!うっせえ!こんだけ汚れてんだから別にいいだろ!」
「いいわけないでしょ!あんった、ほんっと、ばかね!!」
「んだと、ゴリラ!!」
「ああ!?何か言ったか!!……ごめんね、咲紅ちゃん。馬鹿な弟で、ほんと」



…は?今、なんつった?
慌てて姉貴の後ろに視線をやれば、額に少しだけ汗を浮かべ、白い制服を身にまとった立花がいた。




「なんでいんだよ」
「学校終わりですぐに来てくれたの!…咲紅ちゃん、まだ時間あるから、こんな馬鹿弟とで申し訳ないんだけど、ゆっくりしてて」
「あ、は、はい。すみません」
「いいのよ。…赤也!しっかりしなさいよ、アンタ!」
「うっせえって言ってんだろ!」



姉貴は最後まで俺に悪態をつきながら、部屋を出ていった。
立花は少し居心地が悪そうに、バックから取り出したタオルで汗を拭いた。あ、と自分だけに向けていた扇風機を向けてやれば、ありがとう、と笑顔。



「間に合ったじゃん」
「めちゃ走ったもんー。だからもうくったくただし汗だっらだらだわー…あーすずしー」
「体力なさすぎじゃね?」
「おま、あの場所からここまで超ダッシュで帰ってきた私の功績をたたえてよ!」



がしっと扇風機の縁を掴んで、その風を一身に受け止める。なんだかその光景が笑えた。
扇風機でしばらく涼んでいた立花がふと視線を俺の手元に落とした。




「…あれ、それ…」
「あ?…あー…じいちゃんのアルバム、さっき見つけた」
「わたし、だ」
「つかお前ばっかだし」
「え?」



きょとんと、目を瞬かせる立花に、逆に俺は驚いた。




「なんで驚いてんだよ」
「え、だ、って…」
「半分以下が俺と姉貴、それ以外はほとんどお前の写真だぜ?」
「まじ?」
「大マジ。見てみろよ」



アルバムを手渡せば、一ページ一ページめくっていく。「あ、赤也だ」「かわいいだろー」「えー」「潰すぞ」他愛もない会話をしながら、アルバムを見ていけば―――「これ…」一枚の写真のところで、立花の手が止まった。




「あー?…プールか?」
「…はは、懐かしいや。私、泳げなくてさ。為五郎おじいちゃんに、特訓してもらったんだよね。これ、できなくて泣いてるやつだ」
「それを写真に残すじいちゃんってどんなだよ」
「…約束、だったから」



その時の立花の声が少しだけ掠れていて、―だから俺は気づかないふりをして、視線は扇風機に向けた。




「どんな一瞬でも、思い出として残してくれるって」




両親が忙しくて、中々『思い出』を残すことができなかったから――代わりに作ってくれた。そう言って、立花の瞳から涙がぽろり、落ちてきた。
ドキッとした。ときめきとかそういうんじゃねえけど、――夢の中の誰かと重なった気がした。少し気まずくて、手を無造作に動かせば――不意に柔らかなものに触れる。




「……アルバム見ただけでわかった。じいちゃんがどんだけお前のこと、可愛がってたかって」




ぎゅ、とそれをにぎった。暖かいなんてもんじゃない温度が、俺の手に伝ってきた。豆だらけの、骨ばった俺のものとは違って、女らしい、丸っこいものだった。
別に恋とかそういう甘い感情じゃなかった。ただ純粋に、単純に、見たくなかった。 もう、涙、なんて。




夏の残像
なみだ、なみだ、きみの音

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