◆◇ 一
突然だが、此処、東都には様々な地名に分かれた土地の区分がある。先日訪れた内田先生のレッスン室も、今まさにわたしがいるこの大学も、以前婚約者からの連絡で教えてもらった彼の現在の住居や毛利探偵の事務所があるという米花町からは、それなりに離れた位置関係にある区部であると言ってもいい。
そう、特別に用がなければ近寄ることがない程には。
「なのに、何でいるのかなあ……」
「嫌そうだな。そんなに会いたくなかったか?」
「……口調、崩れていますよ」
「崩しているんだよ、今周りに人もいないし、盗聴機も確認済みだからな」
「本当に抜かりないですね、零さんは」
「それはまあ」
大切な婚約者の安全にも関わってくるからね、なんて事も無げに言うこの人に会いたくなかったかと言われればそれは全くの逆である。逆ではあるのだが。
「零さんに、というよりはおまけ付きなのが気に入らないです。というか、おまけの方には出来ればもう会いたくなかったかな」
「随分彼のことを嫌ってるんだな」
「そう見えます?」
「どうだろう。千歳は警戒心が強いから、彼のようなタイプは苦手に見えるけど」
違ったかと問われれば、違いはしないのだけれど。別に苦手なだけで嫌っているわけではない。
しかし、それを伝えると、同じじゃないのか?と首を傾けられてしまった。
同じなのかな。少し違うと思うけれど。
「悪い子ではないと思いますけれど、何となく、不用意に近付いちゃいけない気がします」
「ふうん。千歳がそう感じるなら、そうなんだろうね。まあ、彼が何者であるにしろ、余計な者にはあまり近寄るなよ」
守れる範囲から連れ出されると困る。言うだけ言って当然のように頭を撫でてくるこの人はこれが素なだけに幾分質が悪かった。
確実に染まっているであろう頬を隠す為に下を向いたが、意味がないことくらい上から零れる笑い声を聞かずともよく理解できていた。
この人の中ではいつまで経ってもただの子供のままであるらしい。悔しさから、今度は別の意味で顔が赤くなりそうだ。
しかし、むくれると余計に子供扱いに拍車が掛かるのは目に見えている為、それをグッと堪えて話題転換を試みる。
「それで、一体何の用があってこんな所まで来ているんです?」
「君に会いに来た、とは思わないのか?」
「思いません。お仕事中は大切な婚約者を危険に晒したくないんでしょう?」
余計なおまけが付くなら尚更、とにっこり笑って告げれば、彼の口許がヒクリと引き攣ったのが分かった。意趣返しは成功したようである。
溜め息を溢して……可愛いげがなくなった等と文句を言う彼を少しだけ睨めば、仕方がないとばかりに漸く口を割ってくれた。
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