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 彼が教えてくれた情報は、現在、とある捜査の為に探偵業を営む安室透という男に扮していること、安室という男は探偵業の片手間にポアロという喫茶店でアルバイトをしていること、そのポアロの上で探偵事務所を開いている名探偵の毛利小五郎氏に弟子入りをしていること。
 先日内田先生のピアノのレッスン室がある建物で相見えたのは、そこで働いている従業員の夫にあたる人物が浮気調査を依頼してきた為、偶々居合わせた安室さんも引き連れられる形で着いてきたのだということだった。
 ちなみに殺人事件の犯人と被害者は、従業員である掃除のおばさんとその浮気相手であった。全くもって世も末である。


「ところで、一つ気になったことがあるんですけれど」

「ああ、何だ?」

「警察官が副業するのは大丈夫なんですか?」

「…………」


 聞いたところで答えてくれるとは思っていなかったが、こうも電話口から呆れが伝わってくるとさすがに聞く質問を間違えてしまったことを理解した。捜査の為だという短い返答の後、困惑したような声が続く。


「俺が言うのも何だけど、普通もっと突っ込んだ話を聞きたがるんじゃないか?」

「聞いたら答えてくれるんですか?」

「、いや」

「警察官は守秘義務が原則。危ないことには首を突っ込ませないし突っ込んではいけない。
常に安全が確保された場所で帰りを待つ。
もう耳タコですよ」

「ああ、なるほどな」


 教育の賜物だったのか。感心したような面白がっているような笑い声に、こちらも少し得意気を装って、笑い交じりに告げた。


「わたしが誰の娘か、貴方が一番良く御存知でしょう?」

「ああ、知っているさ。
篠宮さんのお嬢さんに普通の反応を求めるなんて、大変失礼なことをした」

「本当に意地悪な言い方ですね!」


 わざとらしく大袈裟な物言いのわりに内容が誉めているのかどうかよく分からない。
 しかしムッとして言い返した所で彼はくつくつと笑うばっかりだ。相も変わらず遊ばれているようで、少し面白くない。


「誉めているんだよ。相変わらず良く出来た娘さんだってね。
それなら、俺が言いたいことも分かるね?」


子供に言い聞かせるような声色と話し方は、有無を言わせないような場面で彼がわたしによくする癖の一つだった。


「はい。ここで、待っています」


 声が少し、震えたかもしれない。この言葉を口にする時、いつも少しだけ言い淀んでしまう。
 彼の足枷になってしまわないか、それがいつでも不安だった。
 正しく言葉を理解したであろう彼は、いい子だねと優しく言うと、こちらに用がある時には必ず先にメールするように、と注意事項を一言二言述べて、何かあれば連絡するとの一言を皮切りに通話を終えた。
 ツー、ツー、と音を発する四角い箱を、画面の一番上にある履歴が消えたのを確認してすぐ机に置くと、先程の続きに取り掛かる為に書斎へと向かう。



 彼は自身の現在の住居やアルバイト先の住所までも教えてくれた。
 従来の婚約者ならばいつでも会いに来て良いという意味になるのかもしれない。けれど、私達の場合はほとんど正反対だ。伝えられる情報は全て、むやみに近寄ってはいけないという意味を孕んでいる。
 それは、それだけ今の彼の仕事が危険なものであるということに繋がっているのだ。
 彼の秘密には触れない。その代わりとでもいうように、わたしの秘密には決して触れてこない彼を利用しているわたしは、彼を待つ資格など無いのかもしれない。
 そんなことを考えながらも、指は確かに、部屋の取っ手に添えられていた。





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