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「それで、わたしに道案内を頼むために連絡を?」


 彼から大方の話の流れを聞き終えれば、何故自分が今講義の時間を削って共に探し物──それが爆発物なんて物騒な物なのだから驚きである──をしているのかは理解できた。
 そもそも彼は学生としての時間を削ることには反対なのだ、彼自身がとても真面目な人なのだから。
 つまりはそれだけ必要とされたということで、わたしとしては嬉しいのだけれど。
 講義と言っても音楽とは関係がない語学の授業で、それも単位は既に取得しているものだ。コンクールも近い今はほとんどピアノの自習時間に充てていたため、差し当たり困るようなこともなかった。
 が、やはり不本意ではあるのだろう、基本的には何事も巻き込みたくないスタンスの彼はこちらを見遣った後、小さな嘆息を吐いた。


「まあ、非常事態だからな。
それにあくまで探しているのは、人の目につかないルートから入れる道だ。
密閉性が高く、人が一切寄り付かない狭い部屋で、カメラに特徴の映っていた場所──からはそう遠くない、別の場所」

「特徴の示されていた部屋を探すわけではないんですね?」

「誘き寄せられている部屋にわざわざ突入してやる謂れもないからな。
恐らく、爆弾はこっちにも仕掛けられているだろうし」


 疑問が顔に出ていたのであろうか、チラリと此方を窺った彼は補足説明のように
「ちょっとしたプロファイリングのようなものだよ」と付け加えた。


「個人の私怨でこんなに大掛かりなことを仕出かす輩が、小規模な爆発なんかですぐ居場所が特定されて終わるようなヘマはしないさ。
恐らく位置的に鑑みても、第一陣の爆弾が爆発した場合に、爆風で第二陣の爆弾が暴発するような仕組みになっている可能性が高い」

「位置特定も大体は済んでいるんじゃないですか」


 軽く内部の位置関係を説明しただけだというのに、既に彼の頭の中では動画の部屋がどの辺りにあるのか、爆発が起きた場合の被害範囲まで含めて特定できてしまっているようだ。
 連れてきてもらえたことは正直少し嬉しかったのだけれど、これではむしろ邪魔なだけではないだろうか。
 そう思ったが、彼は至極真面目な顔でゆるりと首を振った。


「言っただろう、プロファイリングのようなものだと。
千歳じゃないと特定できないことがある。
こんなことに付き合わせて悪いんだが、もう少しだけ俺に付き合っていてくれ」


 勿論、必要なことさえ特定出来たらいの一番に君を逃がすつもりだ。寄せられた眉間の皺をじっと見つめながら、その言葉を自身の中に取り込む。ほとんど反射のように首が否定の意を示した。
 驚きに目を剥く彼に伝わるように、出来るだけ真摯に言葉を紡ぐ。


「駄目です、零さん。
確かに、わたし一人逃げたくらいで支障は出ないのかもしれませんが、今逃げたら取り返しのつかないことになる。
そんな予感がするんです」


 ごめんなさい。ぎゅ、ごつごつとした男らしい手を握り締めて、けれど視線は逸らさない。今逸らせば彼はきっと聞き入れてはくれない。
 半ば縋るように指に力を込める。
 暫し続いた沈黙を断つようにして、ふーー、と長い息の後、軽い音と共に額に薄らと熱が移る。さらりと掛かる短い髪がこそばゆい。
 思わず退きそうになった体は加えられた強い指の力によってなんとか押し留められた。
 自身の頬の熱が上がっていることだけはなんとなく理解できる。


「頑固な子だ」

「ご、めんなさい」

「俺は逃げて欲しいんだからな」

「……ごめんなさい」

「そんなの使い分けるなよ」


 ムスッとした声色は常の彼らしくなく、少しだけ幼い響きを持っていた。
 それが珍しくて、常なら口にしないでおこうと思うようなことも途端にするりと滑り出ていく。


「零さんを、置いていきたくないです」


 いつも彼を絡め取る思考の渦中に、彼を置いていきたくはなかった。爆弾魔という存在に対する峻烈な私怨を見てしまったから、余計にそう思っていた。
 だって、彼がその思考に置き去りにされたなら、きっと行き着く先は決まってしまうから。

 ぱちくりと開かれたアイスブルーが不意に柔く弧を描いたのを見て、置いていかれることを恐れているのはどちらだと、弱い自分の本心を叱りつけたい気持ちになった。





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