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 二度あることは三度あるというけれど、どうか三度目だけは起きずに済んでほしいと切実に願う。
 既に二度目は起きた後だというのにそんなこと願っても無駄かもしれないけれども、願うだけなら無料(タダ)なわけで、出来ることはしておくべきだと思う。"紅葉の錦 神のまにまに"というやつである。
 何の話かと問われれば目の前に同じ年頃の少年少女達を引き連れて何やら推理染みたものを披露している、例の少年の話だった。
 会う度に事件に巻き込まれているように思うのだけれど、もしかしてこの子、物凄く頻繁に事件に遭遇しているのではないだろうか。探偵事務所に住んでいるのだから、当然と言えば当然なのかもしれないけれど。


「だよね? 千歳お姉さん!」


 そこで当たり前のようにわたしに振ってくる理由がいまいち掴めなくて困る。


「どうかしらねえ、わたしからは何とも言えないけれど」

「えーじゃあ、千歳お姉さんはどう思う?」


 すごく、グイグイと来られている気がするのは恐らく気のせいじゃない。
 わたしは一体この少年に何と思われているのだろう。いや、何か分からないからこその圧なのかもしれない。
 猜疑心に溢れた眼差しは到底七才の男児から出てくるものではないと思いつつも、昔から板に付いている表情を剥がすには足りず、平然を装うことに成功しているとの確信は彼の表情からも読み取れる。……敢えて言うなら7才児はそんなに悔し気な顔もしないと思う。恐らくは。
 しかしそんな子供らしからぬ少年の様子よりも、断然に関心を抱いていることが一つある。
 そこに、


「そこのお兄さんに聞いてみたらどうかな。
どう思われますか、えっと?」


 そこに立っている見るからに怪しい雰囲気を放った眼鏡のお兄さんはどちら様でしょう?


「ああ、挨拶もなしに失礼しました。
わたし沖矢昴と申します。東都大学理工学部の院生をしております」


 丁寧な物腰で挨拶をする男性は、一見すると素性もきちんと明かしていて好印象を抱く人の方が多いかもしれない。
 個人の見解を交えなければの話だ。


「はあ、ご丁寧に、篠宮千歳です」


 名乗られておきながら返さないのではさすがに失礼に当たる。じっと様子を窺いながらも視線は逸らさずに最低限の情報だけを返せば、その瞬間に彼の糸目がより一層細まったような印象を受けた。


「……僕の顔に何か?」

「いいえ? 何故そう思われたのでしょう」

「いえ、何だか随分と──警戒されているご様子なので」


 いえまあ、怪しいか怪しくないかで言えば貴方はとても怪しい出で立ちだとは思います、とは口が裂けても言えはしないが。
 出で立ちもそうだけれど、ただの理工学部院生、それも何だかインドアな雰囲気を思わせる男性の体つきが、服の上からも見て取れる程に引き締まっているとは思えない。見るからに体脂肪率がおかしい。
 一応ご趣味は、とお伺いしてみたものの訝しげな顔で「読書です」と答えられては疑うのも仕方がないと思う。読書だけでそんな武道家顔負けの体格になれるのなら今頃本に携わる職業のお方々は副業がボディビルダーでもおかしくはない。
 気付かれないようそっと置いた距離に当然のように追ってくる視線が、彼をより一歩怪しい人物へと近付けた。


「申し訳ありません、人見知りなもので。
そんなことより、コナンくん達はどうして此処にいるのかな?
米花町からは少し遠いように思うけれど」

「昴さんが車に乗せてくれたんだ。
歩美ちゃんの探し物を見つける為にね。
それより、何で僕が米花町に住んでいるって知ってるの?」


 にこり、微笑みながら何でもないことのように話す。


「毛利探偵からもらった名刺に書いてあったもの。ふふ、小さな探偵さんはとっても謎解きが好きね」

「うん、そうなんだー!
だから僕、気になっちゃって。
もしかしたら、千歳お姉さんは安室さんに僕のことを聞いたんじゃないか、ってね」


 ──成る程。この少年が疑っているのは彼との事。
 そうとなれば話は早い。わたしと『安室透』との間には何も転がっておらず、この話から発展することは何一つないのだから。


「安室さんはそんなにお喋りじゃないと思うわ?
わたしも以前お世話になったけれど、とても優秀な探偵さんだったもの」


 お喋りかお喋りでないかという意味でなら彼はよく喋る方だとは思う。しかしそれは情報を洩らす方にではなく相手の情報を抜き取る方に機能している。
 最もこの場合、わたしと彼が情報を共有しているかどうかということが重要視されているとは分かっているけれど。
 検討違いなことを口にしてみたところで、目を光らせている相手が二人もいる以上此方に不利なのは明確であり、早々に話を戻させていただくのが自然な流れというものである。悪く思わないでほしい。
 流れを断ち切るべく顔を向けた少女の無邪気な笑顔に幾らか癒しを感じる程度には、この状況に辟易としていたのだから。





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