01

水無しで生きていくなんて無理だ。




なんて、思っていた時期がわたしにもあった。



「ヒロー?今日結局どこにするー?」

「んー、最近カラオケ行ってないから行きたい。久しぶりに昭和の歌謡曲メドレーしよ貴澄。」

「いやそれ歌詞飛ばさずに歌えるのヒロだけでしょ。僕そこまで詳しくないんだけどなあ。」

「だーいじょうぶだいじょうぶ、貴澄なら紫SHIKIBUも目じゃないって。目指せ日本レコードたいしょー。」

「そんなやる気ない声で言われても…。」



いまいち説得力に欠けるんだよなあ、なんて失敬なことを言うこの男と毎日遊び耽っているのが現状である。放課後の教室で鞄に最低限の荷物を詰めながら今日の予定を決める。いつもと何ら変わりない日常の一コマだ。
そもそも人間は原始時代には既に陸上の暮らしをしているわけであって、今更水への懐古などあるわけがないのであった。
そう、わたしは、人間なのだから。



「地に足つけて生きないと。」

「この世で一番不釣り合いな台詞だよね。」

「貴澄ってわたしにだけ容赦なくない?」

「友情だよ友情。」

「じゃあ仕方ない。」



この世で一番不釣り合いな台詞だって?
それじゃあ水の中で尾ひれでも振ってればお似合いってか?下駄箱の蓋を開き上履きから外靴へと履き替えながらそんなくだらないことを考える。
笑いにもなりはしないので口にしたりはしない。



「いっそエラ呼吸でも出来れば楽だったのにね……。」

「え?何か言った?ヒロ。」

「ちょっと人類の進歩について真剣に考えてた。」

「はい嘘。」

「何故バレた。」



いや、案外嘘ではないけど。



「うわあ、すごい雨降ってるじゃん。」

「チッチッチ、その様子だと貴澄君、キミ、天気予報を見ずに傘を忘れた口だね?」

「何だろうすごく腹が立つけど、まあその通りだよね……ヒロは傘持ってきたの?」

「わたしも忘れた!天気予報見たけど持ってくるの忘れたよね!」

「そんな気はしてたけどもう少し残念そうな顔して言った方がいいよヒロ。」

「どうせ貴澄置き傘あるでしょ。入れて。」

「……いいけどさ。」



ブツクサ言っている貴澄に無視を決め込んで傘に入れてもらうと当たり前のようにこちら側に傾けられる。相変わらず律儀な男だ。
未だ校門すら出ていないにも関わらず、そちら側からはみ出ている肩は既にびしょびしょになっているだろうに。
そう思って貴澄の肩先に向けた視線をーーすぐに逸らした。



「貴澄ーコンビニ寄ろコンビニ。フェイスタオル程度なら売ってるでしょ。」

「ていうか、タオルなら僕も持ってるけど?」

「えっ持ってるの貴澄。肩拭きなよ。」

「ああ、後でいいよ、どうせ暫く雨の中歩かなきゃなんだし。」

「……貴澄ってさー、わたしとつるんでなきゃ今の二倍はモテたよね。」

「うーん今は別に困ってないから遠慮しとくよ。」

「ふーんばっかでー。」



はにかんだかと思えばすぐに切り換えて馬鹿ってなに!とぷんすこ怒り出したこの男は、どうせこの後カラオケ店に入ったら乾いた清潔な良い匂いのするタオルを当然のようにわたしの頭に被せてくるに決まっているのだ。
イケメンは何もしなくてもイケメンなんだからそんなことしなくてもいいのに。
でもまあ確かに、二倍を想像しなくても今でも十分モテてはいるし、いいか、なんて。
肩越しに一瞬映ったフェンスに、この雨なら水は濁っているのだろうななんて一瞬でも考えてしまったわたしは、やっぱり全然嘘つきだったし、全然、貴澄を手放す気なんてなかった。





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