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今日もよく頑張った。片道一時間半かけて都内の職場から郊外の自宅マンションに向かって電車に揺られながら毎度そう思う。
今日で今月のノルマも大幅に達成することも出来たので明日からは少し肩の力を抜いて仕事ができる。ふふ、来月のお給料日が待ち遠しいほどにインセンティブに頼り切っている。
インセンティブは素晴らしいと思う。頑張ったら頑張っただけお給料に直結なのだから本当に販売業の低賃金プラスアルファはとにかく有難い。

最寄駅に着いた電車を降り、駅からの帰り道の間にあるコンビニで『今日も一日お疲れ様会用』のサイダーとポテトチップスをカゴに入れレジに向かう。
もうほぼ毎日こうして顔を合わせる店員とは程々に仲も良くなり「明日から休みって言ってたけどお酒じゃないの?」「お酒飲めないもん」と軽口を交わすほど。
疲れた足ではスキップする気力もないが店員さんが言ったように私は明日から待ちに待った奇跡的な二連休なのだ。販売業からしたら貴重な平日の二連休。
この二連休の為だけに今までガムシャラに頑張ってきたと言っても過言ではない。明日から何しよう〜!ミラクル連休を有意義に使いたいが、いかんせん友達はみんな土日休みの為誰かと出掛ける予定は立てることができなかったので一人で何かしようにもプランが立たない、これはもう近くのショッピングモールで買い物いっぱいして、近所の美味しいご飯屋さんに行ってのんびりした時間を過ごそう。

10階建てのマンションのロビーに鍵を差し入れ自動ドアが開く。エレベーターに乗り込み自室がある9階のボタンを押すと自動的に閉まる扉を横目にスマホを取り出しSNSをチェックする。チン、とエレベーターが鳴り扉が開き、スマホ片手にそれと同時に歩き出す。自室の扉の前に辿り着き鍵を差し、ガチャンと音を立てて引き抜きドアノブに手をかけ中に入る。「ただいま〜」と気の抜けた声で挨拶をするが生憎一人暮らしの為真っ暗な部屋に吸い込まれるように私の声が落ちて行くだけで「おかえり」なんて返ってこなかった。
鍵を玄関のフックに掛けてガサリ、とコンビニで買った袋と自分のカバンだけを手にリビングに繋がる短い廊下を歩いていく。
不意にリビングのドアノブを回して違和感がした。
脳では警告音がしていたが体とうまく連携が取れずそのままリビングの扉を開けてしまった。


「……」


勘なんて当てにならないものだとすぐに思い知らされる。
扉を開けてもあるのは暗闇でなんの違和感も、変哲も無かった。少し緊張していたのか無意識に呼吸を止めていたようで大きく息を吐き出した。


「気のせいか〜、良かった〜…」


パチン、とリビングの電気をつけた時だった。
電気のスイッチに伸ばした手が誰かに掴まれ驚きのあまりにそちらに顔を向いてしまう。
そこに居たのは猟銃を持った坊主頭の男の人。

本当に何が起こったのか訳がわからない。人間突然な事が起こると全てがフリーズしてしまうと言うのがよく分かった。

目の前にいる人は誰だ。
そう冷静に考えてしまうほど思考回路がどうかしてしまうんだというのを学んだ一瞬でもある。


「お前は誰だ?」

「えっ、ひぃ!?」

「答えろ。ここはどこだ。」


小さく低い声で私に問いかける男は掴んだ手を思い切り引っ張りそのまま床に後ろ手にされた状態で叩きつけ拘束する。
持っていた荷物は音を立てて床に落ちていく。
私の体はと言うと強張ってしまい、もう男の成すがまま状態である。怖い。助けて。

一体どこから侵入したというのだ。玄関は鍵が掛かっていたし何より此処は9階だぞ、何でよりにもよって私の家に入ったんだ、頼むから出ていって!
そんな事言える勇気があったらとっくの昔に言っているが恐怖に負けて私の声はしっかりとした音にならず「はひぃ…」などと情けない声しか出てこない。


「もう一度聞く。ここは、どこだ?」


ギチィ、と腕がしなる。
腕が有り得ない音を立てながら有り得ない方向に曲げられ痛みに呼吸が出来ない。


「…はッ、ァは、ッ…」

「聞いてんのか?」

「ア゛ッッ!い、だい…っ」

「ははぁ!なら早く答える事だな。ほれ、腕が折れるぞ?」

「つ、通帳!」

「…は?」

「通帳、ならッ!しんしつ…ッ、寝室に!あります…!」


必死で貯めてきた貯金は正直名残惜しい。
どんな理不尽にも耐えて今まで必死に働いてきた、その証明であるお金をこんな暴漢に明け渡してしまうのは本当に心の底から涙が出るほど悔しくて悲しくて辛い事ではあるが、死ぬのだけは嫌だ。お金はまた一から貯めればいい、でも体が無ければ働く事だって出来なくなる。

親不孝になるのは辛すぎる。


「ぉ願い…ッします…!いのちだけ…、は!」


拘束された腕が痛くて痛くて視界が霞み始める。
スルリと拘束している手とは逆の片方の手が私の顎に伸びてくる。

いやだ、ころされる。


「ふぅ、う…ぐす、」


極限にまで追い詰められていた私にはもう泣く以外が出来ない。お願い、誰か助けて。まだ死にたくない、

男の手が、首に回ったと同時に私の意識はプツリと音を立てて切れた。



***



「…ッは!?」


体がビクリとして目を覚ます。
どうやらリビングの床で眠っていたらしく辺りを見回すと近くにはソファとローテーブル、私の荷物がその辺に落ちていた。


「…え、何で私リビングで…?」


ポカンとしていると腕に激痛が走る。


「いっったァ!!!」


床で眠っていたせいなのか原因は不明だが、何かを忘れてる気がする。
それが何なのかなかなか思い出せない。
時計を見ると帰ってからそんなに時間は経ってないのか日付は変わっておらず23時を指している。


「…シャワー、浴びよう…」


考えても仕方ないので一度サッパリしてからまた考えるのも一つかもしれないと考えリビングから廊下に繋がる扉を開ける。


「よぉ。お目覚めか?」

「…ぇ、あっ、えッ!?」


扉を開けた直ぐの壁に寄りかかるのは、そうだ思い出した。帰ってきて早々に乱暴してきた暴漢だ。
何故まだこの家にいるのだ、通帳の在り処は伝えた筈。私は生きている、まって。まさか意識あるうちに殺すのが楽しいと思ってるタイプの暴漢…!?

やだもうこれ終わったやつ。
何をしても私はこの男から逃げられないんだ。


「まさか暴漢に襲われて死ぬなんて…」


死ぬときは老衰って決めてたのに。
床になだれ落ちそうボヤいていたらその男が私の視線に合わせしゃがみこむ。
自身の坊主頭に手をやり、ニヤリと笑う。


「俺を拾う気はあるかい?」

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