花一匁が嫌いだった。
いつだって私だけが最後まで残ってしまい「また名前ちゃんが残ったね」と笑われてしまうから。
あの頃からハブられるのが怖くていつだって空気を読んで生きてきたと思ってた。空気は読むものではなく吸うものだと言うのも分かってた、分かってたけど孤独と天秤にかけると空気を読んだ方が友達だって出来る。仕方のないこと。だから私は空気を吸うのを辞めて読む事に徹していたのに、なのになんで。


「どうして…」


悲劇のヒロインを演じてたつもりでは無かった。でも見ようによって私は悲劇のヒロイン気取りだろう。
午前中のお仕事が終わり休憩する為に自室に入るとズタボロにされた着物が目に入った。面と向かって罵詈雑言を浴びせられるより、傷付けられるより、なによりも誰かから貰った物をこうして無残な姿にさせられる方がよっぽど堪えた。
シナ先生から頂いた着物はもちろん、まさか簪まで壊されるだなんて。
体はいくらでも元通りになるが物はそうもいかない。


「ひどい、」


ひどいひどいひどい。
物には罪は無いはずだ、なのにどうしてこんなひどい事が出来るのか。これはシナ先生から貰った大切な物たちだから極力汚さぬよう努めてきたのに。視界が揺れて持っていた布切れになってしまった着物に雫が落ちる。そこで自分が泣いているのに気が付いた。静かに心が騒めき立つ。


***


カーン、と鐘が鳴る。
生徒たちの授業が終わり、私の休憩も終わりを告げだ。
午後からは食堂のおばちゃんのお使いで野菜などを調達しに行く事になっていて動きやすい服装で荷台が置かれている場所へ向かう。その場所へ向かうには忍たまたちがひしめき合う広場を通らなくてはならなくてクナイや手裏剣投げられ無い事を切に祈りながら足早に通り過ぎ何事も無く荷台の近くまでやってくる事に成功したが荷台のところには先客が居たようで数人かの忍たまがたむろして居た。
ちょうど私のいる所は小屋の陰になっており彼らからしてみたら死角の位置にあたる。装束の色からしてフワライゾウと同じ学年だろうか、早くどこかに行ってくれないかなと彼らが去るのをジッと待つが一向に去る気配がなく仕方ないから意を決して出て行こうと思った時だった。


「そういえば天女の着物ズタボロにしたんだって?」

「再利用出来ないくらい細切れにしてやったよ」

「お前もひでぇ事すんなぁ!」

「衣食住は流石に与え過ぎだろ?衣くらいは自分でどうにかしろよ。甘えんなってーの。」

「金もないやつがどうやって衣を調達すんだよ」

「言えてるな!追い剥ぎしてろって話だな!」


そうか。先ほどの件はこの子たちがやった事だったのか、言い分はわかる。そりゃあお金も払わず衣食住を与えて貰っているのだ、お金を払っている生徒たちからしてみれば私の立場は許せるものではないのだろう。だが、分からないなりにも彼らの役に立てるよう必死に働いているつもりだった。だから私を殺す以外してこないという事は私の仕事は認めて貰えてるのではないかと馬鹿みたいに思ってしまっていた。

胸が騒つく。
水面に波紋が広がるように、じわじわと、確実に私の心に響き渡り何かがはじけそう。


「…だめ。だめ、自分をしっかり持って、大丈夫。だいじょうぶ。」


いつの間に忍たまの彼らは居なくなったのか。
荷台の傍には誰も居らず私だけがポツリと佇んで居た。
慌てて荷台を引き目的地である大木先生という人のもとまでの地図を広げ学園を後にする。

彼らの言っていた言葉が頭をめぐる。シナ先生や山田利吉さん、雑渡さんが優しくしてくれた程度で心が軽くなるだなんてなんて馬鹿なんだろう。
心が弱いって私の事を言うに違いない、社会人にもなって何年経つんだ。そろそろ心を強くしなければ。泣くのをグッと堪えるように荷台を引く手に力を入れた。


***


「ど根性ー!」

ゴロゴロと荷台を引き歩き続けているともう少し行ったところから、食堂のおばちゃんに説明されたままの言葉が聞こえてきた。声の聞こえる方へ向かうと男の人がものすごい速さで畑仕事をしていくのを見て彼がおばちゃんの言っていた大木先生なのだと確信する。


「あ、あの…」

「ど根性ー!」

「大木先生ですか?」

「どこんじょー!」

「あの、」


声を掛けるが驚く程スルーされる。
学園で何度もされている事なので今更傷付きはしないがため息は出てしまう。まあ彼の畑仕事がひと段落するまで適当な所に座って待っていよう。そうしよう、と腰を下ろすとこちらを見てくる白いモノが目に入った。
逃げられるだろうか、ドキドキとしながらゆっくりその白いモノに手を伸ばすと向こうから私の手に触れて来てくれた。

なんて可愛いんだろう。うさぎは初めて触った気がする。
こんなにモフモフしていて可愛いんだ、こんにちは、アナタの名前はなんですか?と返って来るはずもない質問に頭上から「私はラビちゃんって言うの」と高い声が聞こえてきた。


「あ、え、あの、」

「お前が名前か?俺は大木雅之助だ。居たとは気付かなんだわ!がっはっはっ!」

「っ!食堂のおばちゃんのおつかいで、来ました、」

「ああ、おばちゃんから文をもらっていた。頼まれていたものも準備してあるからついてこい。」

「は、はい!」


ラビちゃんと呼ばれたうさぎを抱え私の前をズンズン歩いて行く先生。まともな会話を久し振りに出来た安心と私の名前を呼んでくれた嬉しさで視界が揺れて頬に涙が伝う。
嬉しい、うれしい。泣いているのがバレないように乱暴に目を擦り先生の後を少し早歩きで追いかけた。


「たくさんあるが…一人で持って帰れるのか?」

「荷台を引いてきたので大丈夫です。」

「いや、そうではなくだな…行きとは違い帰りは荷台が重くなるしその分歩みも減るだろう?日が暮れてしまわないかと思ってな。」

「あっ…そういえば、そうですね…」


先生に連れられて来た先にあったものはたくさんのらっきょたち。このらっきょたちを私は荷台に乗せて帰らなければならないらしい、正直不安しかない。あとこんなにたくさんのらっきょ消費出来るのだろうか。

帰り道が不安だと、先生が付き添いを申し出てくれたのはとても有難いけれどそれではお使いの意味がない。学園で心配される事はないが、一人でお使いも出来ないと思われるとなると流石につらいものがある。
私だって一人ででも出来るんだと分かってもらいたい。


「わ、私これでも体力は、あるので!」


大丈夫だ。そう伝え二人で荷台にらっきょを積んでいく。
積みながらも他愛もない話を先生としてしていたが、このらっきょの多くは野村先生という人への嫌がらせだそうで永遠のライバルというのを聞かされた。野村先生の顔が思い出せないけれどずっと相槌をしてその場を乗り切ることに成功した。
らっきょの他にもたくさんの野菜を積み、縄で落ちないように固定までしてくれた大木先生に私はもう心を開きそうになる。


「先生、色々ありがとう、ございました。」

「今から学園に向かえば日が落ちる前に着くだろう。名前、気をつけて帰るんだぞ」

「は、はい!」

「ラビちゃんもわしも待ってるからいつでも遊びに来るといい。」

「あ、りがとう、ございます」


どうしよう泣きそう。寂しさという穴にホールインワンを決められてまた涙がブワリと溢れてくる。


「おー?なんじゃ?泣いとるのか?」

「な゛っ、な゛い゛でッない゛っ、でず!」

「がっはっはっ!お前は強いなぁ!だが、本当に辛くなったら逃げてこい。逃げるのだって勇気だからな。」

「、あ、ありがとうございます、」


頭をポンポンと撫でられて、その手の暖かさに心まで暖かくなったような気がして先生の手が去っていくのが寂しくなった。

先生に見送られ杭瀬村を後にする。
ああ、これからまたあの学園に帰らなければならないのかと思うと足が重くて重くて仕方がない。折角外に出られたのだからこのまま全てを放り、逃げ出してしまいたい。
ギシ、ギシ、と荷台の車輪が回るたびに楽しかったという感情が剥がれ落ちていく。


「…がんばれ、大丈夫。いつか、いつかきっと、」


私を殺してくれる人が現れるはずだから。