ギシリ、ギシリと木で出来た荷台が軋む音が耳に入ってくる。辺りは程よく暗くなってもう少しすれば真っ暗になってしまうだろう。急がなくては、おばちゃんのおつかいすらまともに出来ないのかとネチネチ言われてしまうではないか。


「はぁ、はぁ、…、重い…」


こんなことになるなら先生の申し出を断る事をしなければよかったなんて後悔しても仕方ない、あとちょっと、あとちょっとで学園に着く。
久々の運動量に体が悲鳴を上げはじめ額からは玉のような汗が線になって落ちていく。


「お嬢さん、一人で大変そうだね?」

「え、あ、…」

「どこまで行くんだ?もう日が暮れるぞ?」


突然現れた影に体がビクリと震え無意味にも構えてしまう。


「ガッハッハッ!そう構えんでもらえんかね?儂はお前さんの味方だ」

「、み、みかた…」

「そうだ、そうだとも!儂はドクタケ忍者隊首領稗田八方斎!お前さんは苗字名前、そうだろう?」

「何で…何で私の名前…」

「何故?あの時叫んでいたではないか。学園の外まで聞こえておったぞ?」


現代であったなら、一般人である私にとって初対面の人に名前を知られていたらそれはもう怪しんでしまうにも関わらず、どうした事か、この時代で少し過ごし過ぎたらしい。『天女』と一度たりとも呼ばれなかった事への嬉しさと安堵で涙が目から玉のようにぼたぼたと地面にシミを作り落ちていく。

辛かったろう。悲しかったろう。そう稗田八方斎と名乗る人は蹲り泣いてしまった私の背中を優しく優しく撫で「これ以上もう傷付かなくても良いのだ。」そう言って涙をてぬぐいで拭い手を差し出してきた。


「さあ、苗字名前。殿がお待ちだ。」



***



お城なんて初めて来た。
大きな門を潜るとより一層大きく佇むお城にとんでもない所に来てしまったのではないかと不安が浮いて、稗田さんの顔を見ると安心して先ほど浮かんで来た不安がパチン、とシャボン玉になって消えていく。
促されるままに彼についていく最中、至る所から突き刺さる視線に忍術学園の恐怖を思い出し心臓が痛くなる。顔が真っ青だったようで稗田さんが慌てて背中を撫で深呼吸を共にすると心が落ち着いた気がした。


「あ、」

「ん?どうした?」


しまった、と思った。勢い任せに彼について来てしまったが荷台をそのままにしてしまっていることに今更ながら気付いた。それに全てを投げて来てしまった事に冷や汗が出てくる。


「ガッハッハッ!それなら大丈夫だ。儂の部下達が回収しているからな!」

「あの、でも、私…仕事を、」

「投げ出した事に後悔しておるのか?苗字名前、お前さんはあの地獄のような日々に戻りたいと言うなら帰るといい。お前さんが、良いのであればな。」

「ッ、…」

「フン、答えは出ているようだな?」


ドクリ、と先ほど大人しくなった筈の心臓がまた大きく騒めきギュッと着物のあわせを握り締め、歯がガチガチと鳴らす。


「お前さんは間違っていない。大丈夫だ、儂が、儂らがお前さんを掬い上げてやろう。」

「ひ、えたさん…」

「殿が名前、お前さんと会いたがっておる。殿は優しいお方だ、安心せい。」


さあ、参るぞ。そう笑い私の手を取って目の前の襖を開ける。開け放たれた襖の先にある部屋の奥には、いかにもお殿様といった風貌の男性が鎮座していた。


「お主が苗字名前か、よう来たな。儂はドクタケ城城主木野小次郎竹高である。」