天女が消えて幾日が経っただろうか。
杭瀬村にお遣いに行った途中で消えたらしく、使っていた荷車が学園の門の前に無造作に置かれていたそうだ。
先生方が昼夜問わず交代で探しているのを見かけるが正直放っておいても構わないのに何故そこまでするのか僕には分からない。

天女が本当にこの世界から消えてくれたのなら僕は万々歳だ、ようやく消えてくれた。そしてまた学園に平和が訪れたのだ。
それなのに、何故。


***


お昼にいつもの五人で昼食を摂るために食堂にやってきた。
A定食が豆腐が主でありB定食は魚が主である。兵助はすんなりと食堂のおばちゃんにA定食を頼み順々にみんなは定食を決めて行くのを内心焦りながらも決め兼ねているいつも通りの僕がいた。そんな僕に三郎が笑って、また半分こしようと提案してくれるのを見てようやく僕は昼ご飯にありつけるのだ。
おばちゃんに軽く挨拶をすると少し疲れた顔で挨拶を返された。よく見ると少し隈が出来ているようにも見える。差し出された定食を受け取り席に着くと小さく唸って八がこちらを向いた。


「なぁ雷蔵、天女サマはどこに行っちまったんだろうな。」

「さぁ、僕には分からないかな」

「八は天女が気になるのか?」

「んー、伊賀崎の飼ってる虫やら生き物が天女サマに懐いてるらしくてさ。脱走しても探すの楽だったから正直天女サマ居なくなってから大変でさ…」

「ふーん。てか兵助どうしたの?豆腐睨みすぎじゃない?」

「なんだか豆腐がおかしい…」

「いつも通りの豆腐じゃん。」


違うんだ、そう呟き箸を豆腐に入れる兵助と、八と勘右衛門とであの女の事でああでもない、こうでもないと話し僕と三郎は何も変わらずただただその景色を眺めて互いの定食を半分こする作業をしている。

あの女が居なくなって心が晴れた訳じゃない。
だって消えたのは僕たちのあずかり知らぬ場所で消えてしまったのだから。どうせなら目の前で恐怖に慄き絶望に染まるその表情が見たかった。勝手に消えたあの女に腹が立つ。僕たちの気持ちを掻き乱しさっさと消えたあの女が憎い。にくい。にくくて仕方がない。


「雷蔵、顔。」


隣で魚を半分にする三郎が此方を見ずポツリと呟いた。そこでハッとして慌てて片手で顔を隠す。


「今回の天女サマって何だかんだ言って使える奴だったなぁ。って思った。」

「んー俺は一回くらいしか今回の天女に近づかなかったからよくわかんないけど、前回までの天女とは違ったよねぇ」

「八も勘右衛門も、なんでそんな事思うの?天女は天女でしょ?勘右衛門だって阿婆擦れって言っていたじゃないか」

「確かに前回までの天女はそうだったけど、今回はそんな感じしなかったし、学園長との約束をひたすら守ってたからさぁ。でもまあ、さ。」


死ねないって地獄だよね。

魚を頬張り笑う勘右衛門に安堵する。まだ天女への憎悪は完全には消えていないらしい。
けれども八は最初から違った。今回の天女が学園の人間に制裁を受けているのをただただ傍観しているだけだった。

一度だけ、八が天女と話をしているのを見たことがあった。
話しかけられている癖に相手の顔も見ずずっと顔を下に向けて頷いている天女にもちろん腹は立ったが一番何が理解できなかったかと言うとそれは八が楽しそうに笑っていた事だ。

飼っていた動物や虫を痛めつけられて一番怒っていたのはお前じゃなかったのか。違うのか。今回の天女には笑い掛けるのか。
天女にゴマをすった所で利なんてあるのか、否、ない。


「八は今回の天女の事、好きなの?」


「は?」と間抜けな声を出す八とピシリと凍える食堂の空気と突き刺さる無数の視線。


「雷蔵、言っていい冗談と悪い冗談があるぞ。俺はまだ許してない。可愛がってた動物を死なされたんだ、そんな思いを抱く俺が天女を好きになる訳がないだろ。」

「ふふ、そうだよね。僕何言ってるんだろ。」


ああ良かった。八はまだ此方側だ、良かった。
箸を未だに付けていなかった定食たちにようやく箸を付けて三郎から貰った焼き魚を一口頬張る。
おばちゃんのご飯はいつも通り美味しい。

もそもそと魚をつつく僕をジッと見つめる眼に気付かなかった辺り、僕はまだまだ忍びのたまごだったのだ。