トントン、と小気味の良い音と共に野菜が一口大に切られていく。ふんわりと味噌の良い香りも漂い始め、外からはスズメの鳴き声が聞こえてきた。


「名前、おはよう。今日も早いな。」

「おはようございます、達魔鬼さん。今日もいい天気ですね」

「ああ、最高だな。今度水軍の訓練があるからよかったら見に来るか?」

「良いんですか?じゃあドクたまの皆さんと見学に行かせていただきますね。」


緩やかに時が流れる明朝、ドクタケの方々の為に厨房にお邪魔してお城の料理人の方にお願いをしてお手伝いをさせてもらっている。今日も一緒に朝食の支度をしていると達魔鬼さんがやって来た。

正直、忍びの役職などよく分かっては居ない。
確かなのは忍術学園の人たちとはちがってとても気さくで優しいという事。


「しぶ鬼も来るならカッコよく、そしていいところを見せなければな!」

「達魔鬼さんは十分カッコいいですよ。」

「ん?名前は世辞が上手いな!はっはっはっ!」

「ドクタケの方々は、私を助けてくださったヒーローですから」

「ひー、ろー?それはなんだ?名前の世代で流行っている言葉か?」

「直訳すると英雄って意味ですけど、先ほどの私が言ったのは、正義の味方って意味です。」

「正義の、味方…か。名前には私たちがそう見えるのか?」

「はい。感謝しても仕切れない、あの時手を差し出してもらえなかったらきっと、もう何も考えられなかったと思っています。」

「そうか、ならば私たちは名前のひーろーとして、お前を守り続けよう。」

「私にも出来ることがあれば言ってくださいね。出来る限りは致しますので。」


一つ笑うと竜魔鬼さんは少し困った顔をして、笑ってくれた。肩に手をポンと軽く置いて「行ってくる。」そう言う彼に表門までついていきおにぎりを手渡し見送る。
今日も彼らが何事もなく帰ってきますように。

そう願いながら彼の姿が見えなくなるまで見送り続ける。


さて厨房にもどり朝食の支度の続きをしなければと踵を返そうとした時、頬に何かが掠りタラリと垂れた。
確認するまでもなく、学園で何度も体験した事だった。
恐怖に足がすくみはしたが、ドクタケ城内に入ってしまえば安心だと考え慌てて表門をくぐり上がった心拍を必死に落ち着かせる。

どうしよう、私がここに居るのが学園の人たちにバレたのか。
そうしたらきっとドクタケの人たちが危険な目に遭ってしまう、腐っても忍びのたまご。どんな手を使ってくるか分からない。どうしよう。どうしよう。

ようやく見つけた居場所なのに。

思えば思うほど心臓が潰れそうになる。
大丈夫だと自分に言い聞かせて一歩足を動かす。
けれど思い出した恐怖で足がガクガク震えてしまい上手く前に進まず転んでしまう。


「名前?どうしたこんなところで。」

「ひ、稗田さん…」

「…顔色が悪いな。朝からこの暑さだ、無理もない。部屋に戻り休むといい」


顔を上げると稗田さんの姿。
彼は私の顔を見るなり眉間にシワを寄せて手ぬぐいで血の垂れた頬を優しく拭いてくれ、その事には何も触れずに彼は私の体を支え部屋へと送ってくれた。

部屋に着いてからはただただ呆然とするしかなかった。

私が軽率に門の外に出てしまったからだと後悔しても仕切れない。

ドクタケが襲われたらどうしよう。
頭を抱え考えるが良い案なんて浮かんでこない。
一般人が忍びを欺けることが出来るわけもないのだが。

頭がぐちゃぐちゃになったら深呼吸をするといい。そう稗田さんに言われた事を思い出し一つ、二つと深呼吸を落とす。

心が落ち着いた、と軽く上を見て後悔。


「やぁ。久し振りだね。名前ちゃん」


会いたくない人がそこにはいた。