彼女がドクタケにいる事は結構早い段階で情報は得られていた。自分が言うのもなんだがドクタケと言えば悪名高い事で知られている為、心配はしていた。
部下をドクタケに潜ませ様子を見ていたが彼女はどうやら学園に居る時よりもよく笑っていた。

彼女が、心を許して安心して笑顔になれる場所が出来たのならそれはとても良い事だと思う。


「それ、本当?」

「まだ確証は得られてはいませんが、」

「…もしそれが本当だとしたら放ってはおけないね」

「ですが組頭、あの女は忍術学園を誑かした天女と聞きました。助けるのは違うのでは…」

「尊奈門には彼女がそう見えてるなら、それで構わないよ。兎に角今の報告が事実かどうかを確認するのが先決だね。」


行っていいよ。そう伝えると何かを言いたそうにしていた尊奈門が音も無く去った。
それを見届けてから再び報告書に目を通す。
何度も目を通しても報告書の内容は変わらないのは分かっているがこれが事実だと言うならば彼女は忍術学園以上に恐ろしい所に来てしまったという事になる。

ぐしゃりと報告書を握りつぶして何もない空間を睨みつける。

どうする。このまま放って置くか。
以前に彼女に酷いことをした私が、彼女から信用されているのか。
だが雪の日に私は触れることを許された筈。
許しを請うたのだ。信じてもらえるかもしれない。

はた、と思い出す。
天女である彼女は学園にとっては敵、タソガレドキにだって関係ない存在であり助ける義理などない。

だがあんなに穏やかに笑い人の言葉に一喜一憂する彼女が果たして我々の敵になるのだろうか。


「見て感じた事を信じればいい。私は忍びなんだ、出し抜かれるわけもない。」


彼女はただの人間であり、忍びでも何でもない。忍びを騙せる事なんて同業者でない限り困難なんだ。誰も居ない部屋に、私の声だけが響いて居た。



***



一人で彼女に会いに行ったは良いがドクタケ城の門前で穏やかに笑う姿を見てどうも胸が痛んだ気がした。

自分の他に天女の存在を嗅ぎ付けた忍びも居たようでひっそりと息を殺してドクタケ忍者を見送る彼女を睨みつけている。どう牽制してやろうかと思っていたが、そんな事をする前にクナイを彼女の頭目掛けて放った。
きっと脳天を狙い、死んだらそのまま担いで攫おうとでも思っていたのだろうが残念なことにクナイの軌道は大幅にズレ、彼女の頬を掠めた。

一気に血の気が引く彼女の顔。

慌てて敷居を跨ぎ、蹲る彼女に歩み寄る稗田八宝斎の姿を見届け彼女の部屋に先回りをした。
案の定彼女の様子がおかしく、子供のように泣き叫ぶその姿に尊奈門からの報告書が間違っていなかったと決定付けられてしまった。


「雑渡様」


音もなく現れた陣左が私を呼ぶ。私の後を追っていたのか、その気配すら気付かなかった。それほど余裕がなかったということか、眉間にしわを寄せる陣左に苦笑いが出てしまう。そんな顔をしないでおくれよ。


「かっこ悪いと思うかい。」

「…いえ、貴方様のすることに意見する気はありません。ただ、後悔されるのでしたら。と。思っております。」

「そうだね。うん。そうだ。陣左、連れて行くよ。」

「御意」


尚も叫び続ける彼女に峰打ちをし、意識が飛んだ名前ちゃんを抱き抱え最後に会った時よりも血色の悪い頬を撫で付ける。
抱えて気づく。軽すぎることに。
こんなになるまで彼女はドクタケに飼われていたのか、と思うとあの日会った時に連れ去ってしまえばよかったと後悔してしまう。けれど無理矢理連れたとしても、彼女がドクタケに対して心を開いたように私たちにも心を開いてくれるか分からない。

それでも、今回は君を連れ去る事にする。
私に心を開いてくれなくて構わない、笑ってくれなくていいから、君が心身共に健やかに暮らしていてくれればそれでいい。


「願わくば私を頼ってほしい。」