※有毒植物を扱いますが、これを真似て軽率な行動を取ったりしないでください。


朝顔という花を知っているだろうか。
その種を過剰に摂取してしまうと吐き気や腹痛(人によっては頭痛が続く)、下痢をもよおし、幻覚や意識障害を起こし最悪廃人になってしまう。
何故、朝顔が出てきたかというと、それは八宝斎様からのご命令であったからだ。
こんな綺麗な花の種が、人を脅かすものになるとは誰が思うだろう。きっと目の前で笑顔を見せてくれる彼女は何も知らない。彼女の食事の中にはその朝顔の種が粉末になって多量に入っているのだ。

悪名高いドクタケ忍者隊の私が言うのも何だが、正直とても辛い事である。何も知らないまま、きっと彼女は私たちの手によって知らない間に何も考えられず壊れて行くのだ。

彼女の事は何も知らない。

以前八宝斎様が「面白いものを見つけた。」そう笑っていたのがつい昨日の様に思える。
そして連れて帰ってきたのは苗字名前という女だった。最初こそ警戒はしたが、それは杞憂だったようで彼女は軽く人間不信に陥っており寧ろこちらが彼女にとって要注意人物の部類に入っていた。

苗字名前は実によく働く。

忍術学園で働いていたと聞いていたが、ここまでよく働くとは思わなかった。日も上がらないうちから掃除や洗濯、食事作りの手伝いなど。強制的に休ませなければ一日中彼女は働き続きる。
とても心根の優しい女性であり、見習わねばならない程の人間性を持つ彼女にいつしか癒しを覚えていたのは確か。


「キャプテン竜魔鬼よ、名前の様子はどうだ?順調か?」

「…はい。最近はふらついたりしているので、順調に蝕まれてはいるかと。」

「おお!そうかそうか。精神を壊して儂らの兵になって貰わねばならんからな。今後もしっかり監視しておけ。」

「、承知しました…」


嫌だと言ったら八宝斎様は彼女から手を引いてくれるだろうか。きっと自分を外して他の誰かが彼女に朝顔の種を煎じ続けるのだろう。

彼女からもらう笑顔が徐々に歪んでいくのが分かる。
種のことを知っているのは自分と八宝斎様と殿だけである為彼女の異変は城内で密かに噂されていた。

誰でもいい、誰でもいいから純粋な彼女を助けてほしい。

こちらに心を開いてくれた彼女を壊す必要は果たしてあるのか、否、ないはずだ。
彼女を壊してはいけない気がしてならない。
けれど八宝斎様に逆らうわけにもいかず、今日も今日とて種を磨り潰す。
ゴリゴリと聞き慣れた筈の音なのに聞くたびにどんどん気持ちが暗くなる。


「それは何を煎じているのです?」


一瞬だった。
聞いたことのあるような声がして、そちらを向いた途端に視界が反転したのだ。


「だ、だれだ!」

「おや?私をお忘れですか?私ですよ、山田利吉です。」

「んなっ!何故貴様がここに…!」

「さて、伺います。今煎じているのは何ですか?名前さんに飲ませる物ですよね?」

「そ、それは、」

「ドクタケの動きがどうもおかしいと感じたので暫く張らせてもらった。これは、なんだ。」


きらり、とクナイが己の首元できらめいた。
言ってしまっては八宝斎様に怒られてしまう、そう思うが頭の端っこではもしかしたら山田利吉が彼女を助けてくれるのではないかと思ってしまった。

自分の中での葛藤が、額から汗となり顎を伝い落ちる。
どくん、どくん。
心臓が痛いほどに鳴り響き脳が揺さ振られる感覚にきっと自分は狂ってしまったのだろう。


「た、のむ…彼女を、苗字名前を、助けてくれないだろうか…」


震える己の口から出たのはドクタケ忍者隊としてあるまじき言葉であった。他の者が聞いたら呆れる、ドクタケ忍者隊であろう者が任務を放り出し敵の忍びに助けを求めているのだから。
だが他の者に呆られようが笑われようが構わない。彼女が、また笑ってくれるなら山田利吉にだろうが縋り付く。


「朝顔の種の効能を、知っているか。」

「…朝顔?」

「名前は、この種で精神をいずれ壊す事になる。ドクタケの兵として、彼女はこれから此処に繋がれる事になる…」

「どういう事だ?朝顔の種で、そんなこと…」

「朝顔の種は幻覚作用がある。彼女は此処へ来てからずっと摂取している。まだ症状は完全には出ていないが、そのうち零れ出るだろう…」

「お前たちドクタケには心底反吐が出る」


胸ぐらを掴まれていた手と共にクナイが離れる。
分かっているさ。今回の事で痛感させられたんだから。
それでも、戦国の地で荒れ果てていた心は名前によってひと時だが癒しを与えてもらえた。


「名前を、助けてやってくれないか。」


もう一度強く目の前の敵であった男を睨みつけた。