タソガレドキの他の忍びからその報せを聞き耳を疑った。
忍術学園に降り立った何人目かも分からない天女が今ドクタケに囲われているそうでドクタケも何を血迷ったことを、と頭を抱えてしまう。
苗字名前という天女が忍術学園から消えたと言うのもドクタケにいるという事もいつか前にタソガレドキ忍者隊の耳にも入っては来ていた。
それを聞いて組頭が彼女が消えた日から情報を掻き集めているのを見て、普段からこう必至になってくれたら良かったのに。
「組頭。」
「なに?名前ちゃんの事分かった?」
「…他の者からの追加の情報ですが、朝顔の種をどうやら煎じられているようです。」
「それ、本当?」
「まだ確証は得られてはいませんが、」
「…もしそれが本当だとしたら放ってはおけないね」
「ですが組頭、あの女は忍術学園を誑かした天女と聞きました。助けるのは違うのでは…」
「尊奈門には彼女がそう見えてるなら、それで構わないよ。兎に角今の報告が事実かどうかを確認するのが先決だね。」
もう行っていいよ、と手渡した報告書が早く読みたいのだろう、視線で急かされてしまいその場を後にする。
あんな天女と呼ばれるヤツを気にしているだなんてどうかしている。もしかして組頭も天女に毒されてしまったのだろうか、今までの天女は大丈夫だったのにあの天女にだけ心臓を奪われたのか。
ゾクリとする。
もし、万物を虜にしてしまう正真正銘の天女であったなら組頭が組頭でなくなってしまうのではないか。
今度こそ本当に頭を抱える。
どうやら組頭は今、かなり天女にお熱のようで何を言っても右から左であるのだ。彼自身はそう感じていないようだが、側から見ているとそれは忍びとしては異常なのでは?と思う程に執着している。と、自分は思う。
不意に誰かに肩に手を置かれビクリ、と体が跳ねる。
「こ、がしら、」
「あの人は正気だ、尊奈門が心配する必要はない。安心しろ。」
「正気を保ち天女の味方をしてるだなんて、そんなのあり得ません。組頭はきっとあの女に毒されたに違いありません!」
「尊奈門。」
「小頭…!貴方も毒されたと言うのですか!?あってはいけない、こんな事はあってはいけない事なんですよッ!」
「落ち着け尊奈門、しっかりしろ。お前は前の天女たちに毒されすぎたんだ。お前は何を見てきた。前の天女と今の天女が全く同じに見えるのか」
「一緒です…っ!この乱世で一人で生き抜く術を持たない、人の心に寄生する事しか出来ない憐れで愚かで滑稽な存在なんですッ!」
「…そうか。お前が考える世界が全てではない。勿論、俺やあの人の考え感じた世界も全てではない。尊奈門、お前は感じたのか?しっかりと、双の眼で感じ取ったのか?」
「そんなの必要ありませんよ、天女は天女。それが結論ではないですか!」
「以前の天女に、タソガレドキの中で唯一毒されたお前だからこその意見だろうな。尊奈門、俺たちはお前の事を責めてはいない。むしろその一件で一つ成長したとも思っている。だからこそお前は今、しっかりと受け止めなければならない。組頭に続いて高坂も出た。きっと苗字名前はこのタソガレドキに来る。彼女を、しっかりと見定めるんだ。」
意味がわからない意味が、わからない。
天女がタソガレドキに来ると、今小頭は言っていなかったか。あり得ない、何故。何故、天女がタソガレドキに来るんだ。
ブワリと以前の天女の事を思い出す。
『尊奈門くん、かわいいねぇ』
そう言って朗らかに笑った天女が脳裏に焼き付いていて離れてくれない。あんな綺麗な女性は初めて見たんだ。恋に落ちるのだってあっという間だった。
何故、自分はあんな女に現を抜かしていたのか今でも分からない。屍になった顔を見たが、驚くほど心打たれなかったし、その天女が死んだことに何も感じなかった。ただただこの女は誰だ?と思ったのは確かだ。
天女と出会ってからの記憶が曖昧だが、確実に言えるのは次タソガレドキに天女がやってきたら自分がいの一番にその首を刎ねるという事。
どんなに命乞いをしたとて、己の耳は聞く事はないだろう。
「どんなに姿を変えたとしても、私は決して忘れはしない…!」
あの時の、夢から覚めた時の組頭たちの顔が忘れられない。
忍びのくせに術中にはまるとは何事かと皆笑っていたが忘れられないその瞳の奥底に燻る嫌悪の色。
「…私はどちらの味方をするわけではない。お前が思う行動を取ればいい。それについては組頭は何も咎める事はしない。」
そっと背中に手を置かれハッとする。
視線を上げれば小頭がとても悲しそうな目でこちらを見ているのが分かってしまった。
そうか、私はタソガレドキ忍者としては相応しくないと言いたいのか。そんな目で、私を見ないでください。
組頭の力になりたかったのに、組頭の元で働けて辛いこともあったけれどとても幸せであったのに私の幸せの形がこうもいとも簡単に壊されてしまうだなんて。
「小頭、私は、」
「無理に受け入れろとは言わない。ただ、それだけだ。」
それを言って小頭は背を向け去っていくのを見ていることしか出来なかった程、自分は何も考えられなかった。
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