「お、おばちゃんおはようございます、寝坊してごめんなさい…」

「あらあらおはよう、よく眠れたみたいね」

「え、あ、はい…」

「寝坊だなんて居候の身でよくしますね?」

「ど、どちら様…」


目が覚めてやらかしたと思った。目覚まし時計に慣れた生活を送っていた為、それが無いこの時代に自力で起きる事の難しさを身をもって体感してしまった。そう、寝坊だ。慌てて食堂に走り寝癖も直さずおばちゃんと挨拶を交わし、おばちゃんの優しさに本気で泣きそうになっていたら後ろでにこやかに笑う黒い忍者が立っていた。
その手には出席簿と書かれたものを持っている。という事は教師なのだろうか。嫌な笑みを浮かべながらこちらを見てくる彼に不安がつもり、あたりを見回すと不意におばちゃんが食器を洗おうと腕まくりするのが見えた。


「あ、おばちゃん。私が洗います」

「それよりもご飯食べなさい、お腹いっぱいにならないと何もできないわよ?」

「ありがとうございます、」

「私は無視ですか?」

「え、あ、すいません…無視はしてないです…ただ、学園長さんとの、約束を、ま、守らなければならないので、あの、失礼します!」


居候させてもらってはいるものの、向こう都合で居候にさせられている。のに、何故か私は学園長さんとこの学園の生徒と関わりを持たない、自ら決して話しかけにはいかないと言う何とも言いようのない約束をとりつけられてしまっているので、また面倒な事に巻き込まれないようにその約束をしっかり守り、ついでにもうこの学園の人とも話をしないようにしようと決心している。


「あ、名前ちゃん。昨日怪我したんでしょ?洗い物は良いからいっぱい食べて早く治しなさい」

「ありがとうございます」


決心はしたものの、おばちゃんの暖かさに幾度となく助けられてきた。あまりの嬉しさにおばちゃんにお礼を言っておにぎりが乗ったお盆を手に席に座る。と睫毛のせいか目力のある黒髪の男の子とうどんみたいな髪型した男の子が何故かこちらを凝視しているのに気が付いた。
とても気まずい上どうしようかと悩んだが早く食べないと折角暖かいおにぎりが冷めてしまう。それは握ってくれたおばちゃんに申し訳ないので適当なところに座って手を合わせた。


「お隣良いですか?」

「えっ、はい…どうぞ」

「お邪魔しまーす」


ガタガタと椅子を引いて睫毛くんとうどんくんが盆を持って私の目の前に座った。ちまちまとおにぎりを頬張ると二人がジッと此方を見てくる。先ほどの黒い忍者の人は出入り口にもたれかかり睨みつけてくる。
私がなにをしたというのか。居づらくて仕方がない。
ガン見をされながらご飯を食べる事なんて初めての体験は私にはまだまだ成し得ないようでガタンと立ち上がる。


「、ちょっとすいません。」


忙しなく盆を手にお勝手に回り隅の方でおにぎりを頬張る。
咀嚼する度に母親の手料理を思い出してしまい視界が揺らいで徐々におにぎりの味が涙で消えて行く。


「あいたいよ、」

「?名前ちゃんどうしたの?」

「いえ、何でもないです。」

「悩み事?人は何時でも迷って、手探りで生きていくのよ。何かあったらおばちゃんに相談なさい、全て解決出来る訳じゃないけど名前ちゃんより少し人生長く生きてるからアドバイスくらいは出来るわ。」


優しく頭を撫でてくるおばちゃんにまた涙がうるりと出てくるがなんとか留め、おばちゃんに抱き付いた。
忍術学園も捨てたもんじゃないのかもしれない。こんな心が温かい人がいるんだもの、多分おばちゃんは私が何をされているのか知らないのだろう、知っていてもおばちゃんは優しいから知らないフリをしてくれる。


「このまま消えてしまいたい、」


ぽつりと呟いた一言は誰の耳にも届かずに空中で消えた。