10


「悟心鬼が死んだか。」


暗く陰気が立ち込める城のある部屋で彼は呟いた。奈落の元にやって来てから数日が経った、どうやら彼らは裏切らなければご自由にどうぞという放任主義らしくここに来てからただただ屋敷内をひたすら散策の時間にあてている。ようは暇なのだ。


「ごしんき…?」

「三匹目の鬼だ。」

「奈落が生んだの?」

「ふん。」

「あの、私も奈落から生まれたの?」

「それがどうした。」

「そうだとしたら私も鬼なの?非力過ぎて役に立たないのに」


こちらとしては人間ではないと言われてしまっては死活問題である。現代に戻った時私は人間ではなく鬼として生きなければならないのかと非現実的な事をマイナスの方向にグルグルと思考を追い詰める。そんな私をまるでとても面倒くさいかのようにちらりと見てまた目を逸らし、視線の先にあるまあまあ大きめの壺を見つめる。その壺がゴポリと音を鳴らして蠢くのをこの私の目が捉えてしまい見間違いだったのだろうかと二度見する。


「それは何?」

「貴様には関係あるまい。」


暇である私にとって奈落しか話し相手がいない為正直しょげる。小さくため息をつきその場で体操座りをし、会社でのストレスを発散するためにやり始めた瞑想をする他ない。
だが瞑想しても今の今まで色んな事がありすぎて瞑想どころではなく目を開ける。何か気が紛れるものは無いだろうか、辺りを見回すが大したものはない。有るのはあの壺だけ。


「悟心鬼、やられたぜ」


いつの間に現れたのか神楽がニヤリと笑い部屋に現れた。


「…知っている」

「アンタ冷たいな、分身が一体消えたんだぜ?」

「だからなんだ。弱いやつはいらん」

「へえ、そうかい。なまえ、アンタも見捨てられねえように励むんだね。」

「え゛」


嘘でしょ、勝手に連れてこられて見捨てられるとかそんなの理不尽すぎる。呆れからなのか、それとも楽しいからなのか神楽は小さく笑って視線を彼に送りつつ私に顔だけ向けた。まさか、見放されるイコール殺される…?冷や汗が背中を伝うが何かを言おうとして口を開けた彼女は再び口を閉じた。
そして踵を返して去っていく彼女をただただ見つめるだけだった。

神楽が出て行ってから一体どれだけの時間が経っただろうか。一向に壺から視線を外すことをしない奈落に暇を持て余した私は再度果敢に向かう事にしたのだが、いかんせん話題がない。趣味とか聞けばいいのかな。


「その壺の中身って何が入ってるの?」

「……」

「私ってどうやって奈落から生まれたの?奈落男の人でしょ?無理じゃない?」

「……」

「神楽と神無って私の妹になるの?クセがありすぎてオモチャにされそうなんだけどやっていけるかな。」

「……」

「奈落はお父さん?お父さんって呼べばいいの?」

「……」

「お父さ「黙れ。」」



お父さん発言をした途端に眉間にすごいシワを寄せて此方を睨みつけて来た奈落に肩が震える。調子に乗ってごめんなさい、そう告げながら深くお辞儀をするとともにゴトン、と何かが落ちる音がした。慌てて頭を上げるとそこにあったのは首のない奈落の体と転がる頭。

一瞬何が起きたのかわからなかった。
床にゴロンと転がり目を見開いた状態の奈落と目が合う。小さく悲鳴をあげると奈落を仕留めた蠢く何かがこちらに向いた。奈落よりも激しい狂気に身が震え涙が溢れ出る。
すると妙な物音に気付いた家臣だろう男二人が足音を立てて現れ私の前に膝をつく。


「殿!」

「と、殿!そなた無事かっ、何が起きたのだ?!」

「あ、あぁ、うしろ…うしろっ!」

「後ろ?」


顔面蒼白でガチガチと歯を鳴らし震える私の目の前でそれはまた起きた。二人の家臣は無惨にも首を刎ねられ、壺から伸びる触手にも似た腕らしいものが家臣たちの体を壷へと引きずり込み音を立て骨ごと喰らい始めた。

あまりのエグさに吐き気を催しその場に吐く。ゆめだゆめだ、こんな事あるわけがない。未だボギッと小気味いい音を立てる触手があろう事か私に矛先を向け伸びる。逃げたいのに腰が抜けてその場から動けなく嗚呼私結局殺されちゃうんだ。やだ、死にたくない。


「や、やだ…だれか、誰かたすけて…!」


ゴボッと泡立って壷がむせる。


「苦しいか?今握ったのはきさまの心臓だ…」


首を刎ねられた筈の奈落の声が部屋に響いた。
恐る恐る彼の首を見るとギロリと壺を睨みつけ、少し離れた所にある倒れている体の手には何かが握り締められている。


「今度この奈落に無礼をはたらいたら、心臓を握りつぶすぞ。」


体が再生していく奈落に心なしか安心し、腰が抜けてまだ治らない為這って駆け寄ると気味が悪いと先程よりも眉間に皺を寄せられてしまった。


「あ、ありがとうございます、ありがとうございます…!」


多分奈落が居なければ私は壺の何かに家臣の人たち同様殺され食われていただろう。奈落が助けてくれた、という事はもしかして奈落はいい人なのでは無いだろうか…?
いつの間にか完全に体が元通りになった奈落はまた先程と同じように座り横に置かれた木の人形を触り壷を見つめていた。

そして壺から生まれたのは薄紫色の二人の鬼だった。