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木々が生い茂る中、普段ならばきっと静かであろうその中で耳を塞ぎたくなる位なんとも不釣り合いな音が鳴り響いていた。


「流れ弾に当たりませんように…」


そう切に願いながら茂みをザクザクと音を立てて歩く私は盛大にため息を漏らした。なぜ私がこんな事をさせられているのだろうか。


***


獣郎丸と影郎丸という鬼が壷から生まれ、ある意味生命の神秘を目の当たりにし、正直こんな生命の神秘を受け入れてたまるかとも思ったが粘膜なのかぬるぬるの液体にまみれた顔の整った青年(獣郎丸)がこちらを向いた瞬間そんな思いも吹き飛んだ。イケメンプライスレス。

けれど流石奈落から生まれた存在だ。イケメンと目が合った事に喜んでいた矢先に普通に襲われ腕に噛み付かれた。なんて不憫。「奈落助けて!ならく!!」腕から流れる血に誘われるようにカマキリみたいな影郎丸がクツクツ笑い近寄ってくる。


「ならっ、ならく!奈落これあかんやつ!!!あかんやつ!!!!!」


ギラリ、と鎌が此方に向く。腕を噛み付かれ身動きも取れないこの状況に、アッこれ死んだ。死んだら奈落の枕元にでも化けて出てやろう、ギュッと目を瞑り衝撃を待つけれど痛みが何もやって来ない事に不思議にゆっくり目を開けていると先程まで傍観していた奈落が無表情で影郎丸の首根っこを掴み上げていた。奈落はもしかしてツンデレなのかもしれない、いやこれツンデレといえるのだろうか。命の危機が訪れる時しか助けてくれないから我が子を崖に落とすライオンの親みたいなモンなのか、だとしたらやはり奈落は私の、


「お父さ「こいつらの餌になりたいのか。」


奈落なら目力だけで人を殺せるのでは…?そう思えるほどの睨みをきかせて影郎丸を獣郎丸に向けて投げ付ける。


「…え?影郎丸どこ行ったの?え、え???」

「ワシならばここだ。」

「獣郎丸から影郎丸の声が聞こえるゥ…」

「これが本来のお前たちのあるべき姿、というわけか。」


血の気が多い影郎丸が迂闊に出てこれないように猿轡をされた獣郎丸は傀儡だというヒヒの被り物をした奈落の偽物に連れられ消えて行った。
彼らが居なくなってからそう言えば、と、獣郎丸に噛み付かれた腕を見るとエゲツない程血が流れてて止血のために布を探すが見当たらない。仕方ない、なけなしのTシャツを破ろう。部屋着にしていたが何気に気に入っていたTシャツさん許しておくれ、そうシャツに謝り一周分切り取ろうとした時だった。奈落が白い布を投げてよこしてくれた。ああ、やはり奈落は優しい奴ではないか。何だかんだ私を大事にしてくれるだなんてとても感動してしまう。


「へ?」

「聞こえなんだか、やつらを見届けろ」

「え?無理」

「この奈落に逆らうのか。」

「私多分、次あの二人に会ったら息の根止められそうなんだけど」

「いけ。」

「………」

「いけ。」

「……………はい。」


***


手当用の布もくれてやったし、何より命を助けてやっただろ?とでも言いたいのか本日二度目の目力という圧力に屈してしまい彼らの後を追いかけている。付いて行かせるつもりだったのなら最初から彼らと共に城から見送ってくれれば良かったのに。そうすれば傀儡の奈落に運んでもらえただろうから迷子にもならなければ、こんな泥だらけになる事もなかったはずだ。
激しい音に引き寄せられるようにこっそりと茂みから顔を出すとそこには二対二で戦う犬夜叉と鋼牙の姿があった。
私の中での犬夜叉と鋼牙は強いイメージでまさか、そんな獣郎丸と影郎丸なんかに手こずる訳がない。こんなの犬夜叉たちの圧勝だよ、見届けなくたって見えてる結果だよ!なんて思ってたらなんのなんの。獣郎丸たちに苦戦しているようで血まみれになってる犬夜叉の姿に絶句する。


「待って待って待ってよ。犬夜叉が殺される…?え、うそうそうそ夢だって、これ夢だって。犬夜叉死んだらかごめちゃんは誰が守るのさ…!?」


正直、私はかごめちゃんの味方だから何があっても犬夜叉が勝ってくれないと私の心の安寧が脅かされてしまう。
俄然犬夜叉を応援したくなるが奈落の仲間認定されてるであろう私が果たして受け入れてくれるのだろうか?下手に出て行ってしまってどちらかの応援をしようものならもう片方のどちらかに撫で斬られてしまうのだろう。
短い間ではあるがかごめちゃんに凄く良くしてもらって軽くかごめちゃん信者になりつつある私は茂みの影で頭を抱えて悩みに悩む。

そんな私をよそに尚繰り広げられる戦いに思考がストップする。とりあえず奈落から言われた通り彼らを見ていれば良いだろう、そう思い気付かれないように、そっと再び視線を上げた。


「…フン、奈落の奴わざわざ見張りまでつけおったか。」


あああああ。凡人である私が気配を消せる事なんてまず不可能な訳で、影郎丸がこちらに視線を送ったと言うことは、私はかなり早くその存在を認識されてしまったのだ。必然的にその場にいる全員が影郎丸の視線の先にある茂み、つまり私の隠れている茂みに振り返る。ニヤリと笑い「なまえだろう?出て来い。」と影郎丸はそう言葉を発するが奈落からの言い付けは見届けろというもの。別に出て行かなくても支障はない、出て行きたくないから出て行かないわけではない、私は気配を消している、そう消しているの。私はこの森の精、誰も私なんて見えない。焦りと恐怖から黙って目をつぶっていればやり過ごせると思い込みずっと隠れ続ける私に痺れを切らしたのだろう獣郎丸がシュバッと茂みに飛び込んで私の首根っこを掴み引き摺り出すという強硬手段をとってきた。


「先刻振りだな?」

「あ、あの、はい…」

「奈落のお遣いか?精が出るな。」

「出来るならもう帰りたい…」


殺し損ねた餌が今こうして再びやって来たのだ、至極嬉しそうに気持ち悪く笑う影郎丸に冷や汗しか出てこない。


「なまえさん…?」

「か、かごめちゃんー!会いたかったぁ!」

「どうしてここに?奈落と一緒に行ったんじゃ…」

「ま、待って!待ってお願い話を聞いて!私はかごめちゃんたちの敵に回ったわけじゃなくて、」

「クックックッ、いいのか?そんなことを言っても。虫共が貴様を見ているぞ?」


そんなことを言われてしまってはもう涙目だ。
だって本当にかごめちゃんの味方なのだから仕方ないではないか。オロオロしているとかごめちゃんは走り寄り、ギュッと力一杯抱きつき一言だけ、良かった。と呟いた。

咄嗟に私もかごめちゃんに手を回そうとすると凄い剣幕で刀を振り下ろす犬夜叉が飛び出してきて私とかごめちゃんを引き離した。ちょっと!と怒るかごめちゃんだが犬夜叉の気持ちは痛いくらい分かるから私もすぐに手を伸ばすのを辞めて影郎丸のもとへと駆けた。


「くくく、なまえ…お前はあの法師と退治屋を殺せ。」

「え。」

「安心しろ、法師は今風穴が使えん。退治屋も人間相手に飛来骨を使うことはないだろう。」

「いや私の今後の人生考えてほし…」

「貴様の腸は美味そうな匂いだ。」

「答えに選択肢がない」


そんな事出来るわけがない。息も絶え絶えな二人に目線をやるととかごめちゃんがやめて、と叫んだ。キッと睨む珊瑚ちゃんに一瞬怯むが負けじと睨む。多分睨みをきかせきれていないとは思うがここで負けては影郎丸に物理的に食われてしまう。それだけは回避したい、切実に。私だって生きたいのだ。
けれど暫くその睨み合いをしていた時だった影郎丸がかごめちゃんを一直線に襲いにかかってしまった。


「かごめちゃん!」


気付けばその場にあった石をつかみ影郎丸に向け投げつけていた。その石は彼の頭に直撃しその体はそのまま地面に叩きつけられた。

やってしまった。

後悔してももう遅い。頭から血を流した彼がこちらを見据えて笑っている。


「なまえ…!!貴様、後で覚えておけ。内臓という内臓全て喰らいつくしてやる!」

「ひっ、」

「うらぁっ!」

「な…に…?」

「わ、わぁああ!」


地を飛び再びかごめちゃんに襲いかかる彼は犬夜叉の刀によって右腕を斬られそのまま刀の餌食になってしまった。
振り下ろされる刀に抉られる地。やられてしまったのだろうかと頭を過ぎるが犬夜叉の逃げられたという発言にまだ生きているのを確認した。
一体どこに隠れているのだろうと辺りをキョロキョロしているとドン、という音と共に地面が穴開き獣郎丸と戦っていた鋼牙を影郎丸が襲い、また地に隠れる。それを何度繰り返しただろう、獣郎丸も獣郎丸で鋼牙の攻撃を受けているのに顔色ひとつ変えない。感情や感覚がないのだろう、だが見ているこちらが痛く感じる。


「ふ、二人とも頑張ってよぉ…」


尚地に隠れた影郎丸をどうにかしないと完全に犬夜叉たちが不利の状態が続いてしまう。ただの人間がどうにか出来る訳ではないが再びかごめちゃんが襲われないようにこそっとかごめちゃんの側に移動すると物の見事に犬夜叉と鋼牙に睨まれる。アッ…こわい…


「なまえさん、大丈夫ですか?」

「ちがうの…ちがうの…私かごめちゃん大好きだから…」

「ちょ、ちょっとなまえさん?しっかりしてください!」


睨まれるって行為だけで普通に心折れるだなんて知りたくなかった。
ヨヨヨ、と泣く私の背中をかごめちゃんが優しく撫でてくれる。不意に視線を上げると珊瑚ちゃんが弥勒さんの錫杖をまるで槍投げのように構えているのが見えた。え、なにが起きているの?
綺麗な弧を描きドス、と地面に刺さると同時に土が変色しジンワリと変な臭いがした。


「あっ!」

「がはっ!」

「影郎丸をつかまえろっ土の毒で動きが鈍っているはずだ!」


地面からいきおいよく飛び出した影郎丸が私を睨みつける。


「おのれ!なまえっ!」


口から血を流し苦しそうに顔を歪ませながらも、盾になれ。そういっているかのような鋭い目に射抜かれ足がすくむ。木を使ってこちらに飛んでくる影郎丸に小さく震えていると鋼牙と犬夜叉に挟み撃ちにされ行き場をなくす。それを助けるように獣郎丸が二人を蹴散らしてしまう。

ボロボロの状態の犬夜叉と鋼牙はぐだぐだ言い争う様を見ていると後ろから手が伸びて来て獣郎丸に首根っこを掴みあげられる。


「なまえさん!?」

「クックックッ、なまえよくも裏切りおったな…」

「ま、まって!ちがっちがうの!ただただかごめちゃんの味方なだけで…!」

「フン、それを裏切ったと言うんじゃないのか?」

「ちょっとなまえさんを離しなさいよ!」

「かごめちゃん危ないから来ちゃダメだよ!」


目の前には影郎丸、後ろからは獣郎丸が私を挟み込みかごめちゃんは弓を構えている。影郎丸が私の目の前に鎌をチラつかせ何度目かも分からない笑みをこぼし私と目を合わせる。


「な、ならくぅ…たすけてぇ…」


バシュッと音が鳴りかごめちゃんが矢を放った事を知る。
獣郎丸が避けるとなると勿論私も一緒に動くハメになり、反動と共に地面に投げ落とされた。
慌てて立ち上がるが獣郎丸が私に向かって再度襲いかかろうとしていると鋼牙が私と獣郎丸との間に入り込み攻撃する。


「どけーっ鋼牙ーっ!」


走り出す犬夜叉だが鋼牙と獣郎丸の互いが目前と迫る中獣郎丸の口から流れる液体に気付いた。あと僅か、そのとき獣郎丸の口からはいつのまに隠れていたのか影郎丸が現れ鎌が鋼牙をしとめようとしていた。


「くくく…今頃気づいても遅い!」

「やかましいこの回虫野郎!」


大きく刀を振り下ろす犬夜叉は彼等を粉々に粉砕してしまった。
無残に散る二人に駆け寄りその体を掬うが一瞬にして砂になり私の手から消えてしまい私の心もなんだか消えてしまいそうな感覚がした。